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【エッセイ】大好きで憂鬱な梅雨の季節に

春の終わり。青い空。白い雲。昼下がり。
部屋に心地いい風が流れ込む。
僕はこの時間が好きだ。
目を閉じたらいつでも眠れてしまいそうな心地よさがある。

これからもうすぐ梅雨がやってくる。
多くの人はこの季節をじめじめしてて、雨ばかりの嫌な季節だと言う。
僕も梅雨の季節には憂鬱になる。
ただ、その理由はちょっとだけ人と違うと思う。
そして矛盾するように、梅雨の季節が大好きでもある。


梅雨の季節が好きになったきっかけは、アニメ監督の新海誠作品だった。
「言の葉の庭」を知っているだろうか。
雨の新宿御苑を舞台に男子高校生と女性が出会う物語で、とにかく雨が美しく描かれている。

僕は「言の葉の庭」を新宿のバルト9という映画館で見た。
新宿御苑はこの映画館からとても近く、帰りのエスカレーターから見下ろせばすぐそこにあるような距離感だった。
映画を見た熱も冷めぬうちに、その足で新宿御苑へと向かった。

主人公たちが出会うのは苑内の「日本庭園」と呼ばれるエリアだった。
「もしかしたらいまホットなスポットだから、かなり混んでいるかもしれないなあ」
なんて思いながら行くと案の定、それなりの人だかりができていた。

そんな日本庭園でひときわ目を惹いたのは、一人の青年だった。
映画の中でヒロインがベンチに腰をかけ、ビールを飲みながら本を読んでいるシーンがあるのだが、ちょうどその席で本を読んでいる青年がいたのだ。
さすがにビールは飲んでいなかったが(苑内は飲酒が禁止されている)。

彼も「言の葉の庭」を見たのだろうか。
それとも作品は関係なく、よくここで本を読んでいるのだろうか。
むしろ実は彼がヒロインのモデルになっていたりして。
と、周囲から一心に注目を集める中、黙々と読書にふけっている彼を見ながらそんなことを考えた。

ちょうど主人公が座っていた位置は空席になっており、誰も座わる気配はなかった。
僕は座りたくてうずうずしていたが、座ったところでそこにいるは男と男だ。
映画のように男と女ならボーイミーツガール的な美しさがあるが、男と男ではどうしてもちょっと違ったものになってしまう。(新宿なだけに)
僕はそっとその場を後にした。


心地いい風に時々外を見ながら、僕はあの時のことを思い出している。
もうすぐ梅雨の季節がやってくるとは感じられないような快晴。
風に草木が揺れ、鳥の鳴き声が住宅街に響く。
のどかで優しい時が流れている。
いま住んでいるこの町は、とてもいい町だと思う。

でもなにかと新宿で働いていた時のことを思い出しては、また都内に戻りたいと時々思って少し寂しさを感じている。
特に梅雨を迎え、雨に降られるたびに「言の葉の庭」を思い出し、よりあの頃のことを思い出す。
雨は感情を洗い流すどころか、その後悔に似た感情を押し固めて、強固なものにする。

もうすぐ大好きで憂鬱な梅雨の季節がやってくる。


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