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味噌を讃えて駄蕎麦を忘れろ  もりたからす


よく行く蕎麦屋の味が落ちた。

訪ねたのは夏休み真っ盛りの日曜日、混雑の中を店員は走り回り、オーダーミスが頻発していた。
「混んでいたので→味が落ちた」ならば、まだ同情の余地がある。忙しい時ってそういうこともあるよね。

しかし今回は「混んでいたので→注文から食事到着までいつもの3倍待たされた上で→蕎麦がまずかった」のだから、こちらとしても困ってしまう。

出てきた蕎麦は全体に、あまりに柔らかだった。それでいて一部、明らかに固い麺が混ざっていた。どのように茹でればそうなるのか見当もつかない。同行者の天ぷらもひどいものだった。

せいろ至上主義蕎麦過激派だった頃の私ならば厨房に文句の一つもつけたところだが、近年はぐっと丸くなり蕎麦好き穏健派で通っていることから、がっかりしたまま退店し向こう数年再訪しない、あたりが落とし所だ。

ところで、近頃の私は穏健派どころのさわぎではなく、もはや邪教の信者、異端丸出しな蕎麦ファンである。

一番好きなのが鴨南蛮。あるいは鴨せいろ。動物性タンパクに頼るのは、蕎麦通の風上にもおけぬ。

年々せいろを頼む頻度が減り、つい別の味わいを求めてしまう。件の蕎麦屋で頼んだのは「おしぼり蕎麦」などという、野暮天、田舎、邪道の極みメニューであった。

簡単に説明すると、つゆの代わりに辛味大根のしぼり汁につけて食べる蕎麦のこと。汁はそのままでは辛すぎるので味噌を加えてまろやかにする。信州味噌を用いるのが定法としてあるが、私の観測範囲ではより甘めの糀味噌を使う店もある。

これがどうしてなかなかうまい。しぼり汁にどれだけ味噌を入れても到底そばつゆの深みには及ばないところから、かえって蕎麦そのものの味わいがはっきりと分かる。涼やかな大根の辛み、際立つ蕎麦の香り、そしてしみじみとまろやかな味噌の風味。どの店でも、あると決まって頼んでしまうほどに気に入っている。

あまりにおいしかったので、初・おしぼり記念日の帰途、私は糀味噌を購入した。以来、何かにつけて愛用している。

味噌は素晴らしい。調味料のくせに、ちょっと茹ですぎた蕎麦なぞ軽々と凌ぐほどのポテンシャルがある。発酵食品だから健康に悪かろうはずもなく、良いこと尽くしではないか。

【味噌を舐めよう
念のため血圧を気にしながら

味噌は裏切らない
蕎麦は時々裏切るけれど

悲しい時には「味噌」と書こう
「噌」の画数は15画

発酵しよう
発光してもまぶしいだけ

発酵しよう
発効したら遵守するだけ

味噌は裏切らない
味噌を裏切れない

大豆だけを信じよ
糀だけを感じよ】

人は行きつけを一軒失った悲しさでも詩人になる。



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