自己開示は身を助く
はじめに
こんにちは。虐待サバイバーの明日葉 ありすです。
今読みかけの本に、こんな事が書いてありました。
最近、認知度の上がってきた、生まれつきの性質であるHSP(繊細とか敏感とか言われる人)について書かれた本です。
私達虐待サバイバーの場合は“生まれついた性質”ではなく、常軌を逸するレベルの抑圧や暴力を親から受けてきた為、似たような、あるいはもっと深刻な敏感さ、生きづらさを抱えています。
HSPさんにオススメの本が今(2022.05.22現在)、Amazonで特集されていますので、興味の有る方はそちらをご覧になってみて下さい。
それって無理ゲー!
サバイバーのHSPに似たような生きづらさは、生まれ持っての性質ではなくて、暴力的に刷り込まれた呪いのようなものなので、具体的にどこが違うのかと言われても上手く説明できません。
私の場合はそこに、“恐怖感”を伴います。そして更に“強い自己否定”と“無力感”が伴います。トラウマ体験を重ねてしまうんですね。
そして、そもそも「人の顔色を伺って自分を出せない」背景には、“自分を主張したら、命の危機を感じるほど抑圧される”幼少期のトラウマが有るので、「本当の自分を見せましょうね。自己開示しましょうね」なんて言われても、かなりの無理ゲーを強いられている事と変わらないのです。
ノーガードでフルボッコ
無理ゲーと言った舌の根も乾かぬうちですが、タイトル通りで、自己開示は自分を助けてくれると、私自身は思っています。
「何だよ、勝ち組の自慢話かよ!」ってお怒りにならず、もう少しお付き合いください。
あくまで、私の場合です。
大前提として、場の雰囲気が良いことを最優先と考えがちです。
空気感や人の目、顔色がやたらと気になり、「この人、怒ってるのかな。もしかしたら不機嫌かも知れない」と感じることが恐怖です。
ですからどうしても、先回りして甲斐甲斐しく動いたり、自分の快適さ、居心地よりも相手の機嫌を損ねない事が最優先されます。
そうすると、周囲から「朗らかで気が利く。お膳立てが上手。話しやすく頼み事をしやすい人」と認識されがちです。
これを続けるとどうなるかと言うと、ご説明するまでもなく、「ただ無理をして取り繕っているだけなので、疲れるだけのみならず、我慢しなければならない状況は何一つ改善されないか悪化する」というループに陥ります。
ずーっと、メラゾーマとイオナズンとベギラゴンを連発するようなボスを相手に、布の服だけでノーガードしているような状態です。
棍棒と木の盾?持っていません。
実はしてない?自己開示
そこで助けになるのが、ある程度の自己開示です。
前述の書籍では、こう書かれていました。
例えば皆さん、SNSで少なからず、自己開示していませんか?
アカウントをいくつか持って使い分けている人も居ると思います。
私なら、自分の音楽活動をせっせと告知するアカウントとゲーム専用アカウント、そして、このnoteと紐づけしている、いわゆる病み垢が有ります。
自分の「好き」や「正直な気持ち」を、関連するハッシュタグを付けて発言していると、自然と“その話題で話しやすい仲間たち”が出来てきますよね。
とは言っても、これだけでは実生活はなかなか満たされません。
でも、この方法は実生活に応用できると思うんです。ただ私は、少しの勇気と辛抱が必要でした。
実生活でどうするか
私達が過去に遭遇し続けてきた被害と、その後遺症でどれほど生きづらくて苦しいかは、誰かに話したところで伝わりようも有りませんし、話してドン引きされるのは目に見えています。
ただ、Twitterを始めネットを見ていると、そういう思いをしてきたのは自分だけでは無く、意外に多いのではないかと気がつくのでは無いでしょうか?
という事は、自分の周囲にも、“言わないだけで実は”さんが隠れているかも知れないんです。
自分自身も、“言わないだけで実は”さんですし。
実生活の中で、同じではないけれど似たような痛みを、誰かと共有できたら。その人を見て自分も頑張れるのに…。と、漠然と感じつつ、でも「誰にも分かってもらえる訳は無いし、知られたくない気持ちも大きい」自分。
そんな悶々とした気持ちを抱えつつ、長年自己開示をせずに来たのですが、周囲にポツポツと、「実はXX年前まで鬱でさぁ」なんて人が居ることに気がつきました。
アンテナを伸ばしてみる
それをキッカケにアンテナをゆるく伸ばしていたら、意外に“言わないだけで実は”さんが多いことに気が付きました。
そこで、ちょっと勇気を出して聞いてみました。
「嫌なら言わなくて全く構わないんだけど、何か辛い出来事でも有った?」
そうすると、不思議なことに
「いや、実はさぁ…」
と、語り始めてくれることが多いんです。
もちろん、そうやって「何か有った?」とお聞きした方のうち、虐待経験が有る人は一部ですが、割合的には25%ほども存在したんです。
自己開示に挑戦
勇気を出して虐待経験を話してくれた25%の人に、「実は私もね」とある程度の自己開示をしています。フェアじゃないですし(笑)。
「お互いに辛かったね」
「それ程の拒否感を感じるくらい大変だったんだね」
そんな風に声を掛け合えるのは嬉しいですし、その人が頑張って今日も生きている事の意味を教えていただくと、勇気が出ます。
そして、「今日はちょっとメンタル辛いんだ」と、こちらも話しやすく、あちらも話してくれやすい。
「イイよイイよ。洗濯たまってたって死なないし!」
「私が許す!寝とけ!」
そんな声かけが、心をスッと軽くしてくれます。
アンテナを貼って、こちらからアクセスしていくのは、それなりにパワーが必要ですが、「この見えている世界には誰も分かってくれる人なんて居ない」と思ったまま生きるより、格段に楽でした。
協力者と理解者が出来る
そんな風に、こわごわ手探りで開示をしていくと
「他者にどの程度開示するか」
「この相手にはこの程度の理解を期待して良さそう」
というのが、少しずつ見えてきました。
虐待経験にまで言及しなくても、「何か持病が有って、こういう無理はさせられない人なんだな」と理解してもらうだけでも違います。
「ここのところ調子が良くないって聞いてたけど、頑張ったんだね」
なんて言ってもらえる事も、たまーに有ります。
おわりに
今日はいささか長文になりました。
メンタルがどん底の時に無理してする必要は有りませんし、それぞれの状況によっては「まだそんな事出来るわけないよ」という方も居られると思います。
決して無理せず、「へぇ。そのうち自分にも出来るかなぁ」程度に、頭の片隅に覚えてくださっていたら嬉しいです。
こうやって書いている私も、好きになれない「父の日」が近いことで、ちょっと落ち気味だったりします。
頑張って書いたので、今日は自分にどんなご褒美あげようか。
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