ウェルビーイングの経営と稲盛和夫さん
社員の幸福を重視する経営が注目を集めています。キーワードは「ウェルビーイング(well-being)」。WHOが「肉体的にも精神的にも社会的にも、すべてが満たされた状態」と定義しているこの概念は、日本においては慶應義塾大学の前野隆司教授が提唱する「幸福学」と関連付けられ普及が進みました。
社員の幸福を重視する経営は、近年ではトヨタや積水ハウス、ロート製薬などの大企業でも採用されています。(2021年5月、日本経済新聞にウェルビーイングの特集記事が掲載され、これら企業が紹介されました)
企業が社員の幸せに配慮する理由を企業業績との関連で説明するなら、(1)幸せを感じる社員は創造性や生産性が高い、(2)社員の幸せに配慮することで、社員のパフォーマンスが上がり業績も向上する、というシンプルなロジックとなります。この理屈が幸福学によってデータやエビデンスで実証されたことで、もともと労使一体経営や家族主義的な組織文化を重んじる日本企業がウェルビーイングに着目したものと推測します。
バブル経済崩壊後、多くの企業が見失った社員重視の姿勢へ回帰する象徴として、ウェルビーイングというワードは意味づけられているように感じます。
社員の幸福を願う経営の実践者と言えば、京セラ創業者の稲盛和夫さんが思い浮かびます。京セラの創業は1959年で、その8年後の1967年に次の経営理念が成文化されました。
全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、
人類、社会の進歩発展に貢献すること。
特徴的なのは「全従業員の物心両面の幸福の追求」と、従業員ファーストの姿勢を明示している点です。このことは、伝統的な日本企業の経営理念としては大変珍しいと筆者は考えます。社歴の長い企業は、顧客や社会への貢献を第一義とするケースが多く、社員について言及することは稀だからです。従業員のことはもちろん大切にするけれど、それは明文化するものではなく、経営者と従業員の信頼関係のもと相互に感じ取るものーー。そうした暗黙の了解があるように筆者は理解しています。
これに対して稲盛さんは、自身も含めたすべての従業員が幸福になることこそ、企業が存在する第一の目的だという揺らぎない信念を持ち、従業員に対しても、顧客に対しても、株主に対してもはっきりと伝えてきました。
このようなメッセージは、理にかなうと考えます。多くの人は、自身が働く会社を選ぶ際には「この会社で働けば自分は幸せになれる」という期待を持つはずです。そうした思いを持つ人々が協働することで会社組織が機能するのであれば、企業の存在目的が社員の幸福追求だと明言することが社員のエンゲージメントを高め、組織のパフォーマンスは自ずと上がるでしょう。
稲盛さんが掲げた経営理念は、氏のライフワークである経営塾「盛和塾」を通じて、多くの経営者に受け継がれ、全従業員(全社員)の幸福追求を経営の目的とする企業が全国各地で増え続けています。このムーブメントが、ウェルビーイングの概念と調和し、働く人々が幸せを実感できる企業が増え、豊かな社会づくりに寄与することを願います。
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