『5㎏のダイエット後』 (中高生たちの超短編小説 013)
私が部屋に入ったときからずっと、その子は床の上に転がっていた。私が部屋の中を歩き回っても何も言わない。机の上の漢字ドリルや、ベランダにある作りかけの木工作品に、手を付けた形跡は見られない。
『いがいだとおもった?』
そう聞かれたので、実際にそうだよ、と答えた。きみはいつも、小学校に入ったら絶対いちばんを取るんだって真面目に頑張っていたと聞いているよ?
こんなことをするなんて、きみらしくないんじゃないかな。
『やっぱりかー。あーあ、こんなことになるなら、もっとまえからはじめておけばよかったのに。だらだらしてたら、あきがきちゃって』
後からやる気は湧いてこないんだよ?というと黙りこんでしまったその子を横目に、閉められていたカーテンと窓を開ける。十月とはいえ、まだ暑い日差しがその子の姿を照らし出す。
『ね、そんなのみてなにがおもしろいのさ。もうとっくにうみじゃなくなってるのに。あれ、もうかえっちゃうの?ぼくのいしをついでくれるひと、っていわれてなかった?』
先程、この子の母親が私に言ったことが聞こえていたらしい。思えば、小学校低学年という歳の割に難しい言葉を使うな、と思っていたが、もしかすると意味がわからないままに使っているのかもしれないな。
残念ながら、それはこの子が自力でやり遂げるべきことなので手伝うことも、まして代わりに私が行うこともできない。そう伝え、子供部屋の扉を閉める。もうここには二度と来ることはないだろう。
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