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埼玉県の進学校Mapその1(西部・北部)

埼玉県の中学生で学力上位10%の子どもたち(10%er)は、どこの高校を選ぶのだろうか?この記事では、10%erが順当に選ぶと考えられる高校を「進学校」と定義し、埼玉県の進学校を紹介する。

※この記事は、2020年3月末時点の情勢に基づいて執筆している。『進学校Map』における進学校の選定基準は、以下の記事を参照のこと。

概要

人口:約731万人 (※2017年10月1日現在。総務省人口推計)

中学校卒業者数:66138人 (※2017年3月。文部科学省学校基本調査)

国公立高校入学定員:41920人 (※2017年4月。文部科学省学校基本調査)

中学校卒業者数に対する国公立高校入学定員比率:63.9%

進学校:22校(公立12+国立0+私立10)

三大別学県の筆頭

埼玉県は、県内の進学校に別学(男子校・女子校)が多い県のひとつである。この点では栃木県群馬県と同様だが、埼玉県は、公立進学校だけでなく私立進学校にも別学が多いという特徴がある。さらに言えば、埼玉県民がよく進学する東京都の私立高校にも別学の進学校が多い。以上のことから、10%erが進学先として別学を選択肢に入れる割合では、埼玉県が全国で最も高いと言えるのではないだろうか。

進学校Mapでは、埼玉県の公立高校で2003年度入試まで設けられていた旧学区を基に、埼玉県を便宜的に次の4つの地域に分ける。

西部:川越市・所沢市・東松山市など(旧第2通学区域・旧第3通学区域)

北部:熊谷市・本庄市・秩父市など(旧第6通学区域・旧第5通学区域・旧第4通学区域)

南部:さいたま市・川口市・上尾市など(旧第1通学区域)

東部:春日部市・越谷市・加須市かぞしなど(旧第8通学区域・旧第7通学区域)

以下、比較的人口密度が低い西部・北部の進学校Mapを先に紹介し、記事を改めて南部・東部の進学校Mapを紹介する。

Map(西部・北部)

※地図は『MANDARA』で作成。
※赤字は公立進学校、青字は国立・私立進学校。♂を付けた学校は男子校、♀を付けた学校は女子校。下線を引いた学校は、中高一貫教育を行っていることを示す。

※南部・東部の進学校Mapは「埼玉県の進学校Mapその2」の記事に掲載。

地元志向の男女差

埼玉県西部の中心都市である川越市は、人口では川口市に次ぐ県内第3位であるものの、進学校という観点ではさいたま市に次ぐ勢力を保っている。具体的には、旧制中学校を前身とする男子校の埼玉県立川越高校と、旧制高等女学校を前身とする女子校の川越女子高校がそれぞれ公立進学校として存在する。2004年に学区が撤廃されるまでは、川越市からさいたま市の公立高校普通科には原則進学できなかったこともあり、西部在住者にはいわゆる“トップ校”として扱われていた。

学区が撤廃された現在では、西部の10%erが、埼玉県立川越高校や川越女子高校を選ばず、さいたま市の公立進学校に進学することは珍しくない。ただ、その度合いには男女差が見られる。埼玉県教育委員会が公表している高等学校入学状況調査によると、2020年4月に埼玉県川越高校に入学した生徒360人のうち、西部教育事務所管内(※この記事で定義する西部に近いが、微妙に範囲が異なる)の生徒は279人、約78%を占めた。一方、2020年4月に川越女子高校に入学した生徒358人のうち、西部教育事務所管内の生徒は205人、約57%を占めた。

このことから、西部の10%erのうち、男子は地元の進学校である埼玉県立川越高校に比較的留まるのに対し、女子は川越女子高校には比較的留まりづらいことが見て取れる。この要因の一つには、大学合格実績の差が挙げられるだろう。埼玉県立川越高校の大学合格実績は、埼玉県全体で見ても有数の見栄えの良さに対し、川越女子高校の大学合格実績はそこまで目立つものとは言えない。西部の女子10%erが埼玉県立川越高校並みの大学合格実績を出す高校を求めるならば、必然的にさいたま市内の進学校が選択肢に入る。

あるいは、西部で川越市に次ぐ人口を持つ所沢市の住民の立場で考えてみよう。所沢市内の公立高校で最も合格難易度が高いのは共学の所沢北高校で、最近の大学合格実績の見栄えで川越女子高校に迫っている。このため、男子10%erならば西武新宿線に乗ってでも県立川越高校を目指す価値は高いが、女子10%erならば「地元の所沢北高校でもいいのでは?」と考える割合が高いと考えられる。

埼玉県北部の中心都市である熊谷市には、男子校である熊谷高校と、女子校である熊谷女子高校がある。いずれも、埼玉県立川越高校や川越女子高校に匹敵する長い歴史を持つ公立高校だ。熊谷市の人口が川越市よりも多かった1970年ごろまでは、熊谷高校の東京大学合格者数は川越高校よりも多かったという。

熊谷高校と熊谷女子高校の間にも、地元民の生徒比率に差が出ている。2020年4月に熊谷高校に入学した生徒319人のうち、北部教育事務所管内(※この記事で定義する北部と一致)の生徒は187人、約59%を占めた。一方、2020年4月に熊谷女子高校に入学した生徒319人のうち、北部教育事務所管内の生徒は147人、約46%を占めた。北部10%erのうち、男子は熊谷高校に比較的留まっているのに対し、女子は熊谷女子高校に集めきれていないことが見て取れる。進学校Mapではこの2校のうち熊谷高校を進学校に選定したが、学区制限がない今となっては、男子10%erであってもさいたま市内の進学校への流出が珍しくない。

ところで、埼玉県の西端に位置する秩父市周辺を北部に分類することに違和感を覚えた読者がいるかもしれない。しかし、秩父市を含む旧第4通学区域からは、県立川越高校や川越女子高校よりも、熊谷高校や熊谷女子高校に入学する生徒の方が多い。秩父市から川越市・熊谷市へはどちらに行くにせよ遠いが、熊谷市の方が若干鉄道で通学しやすいことや、学区が撤廃される前は旧第4通学区域から川越市内の公立高校普通科への進学が原則認められていなかったことなどが要因として挙げられる。

私立高校入試を民間委託?

埼玉県の私立高校を論じる上で、北辰テストの存在は避けて通れない。

北辰テストとは、北辰図書株式会社が提供している埼玉県の高校受験生向けの模試である。日本では全国的に、それぞれの自治体の入試に合わせた高校受験生向けの模試が行われているので、北辰テストの存在自体は珍しいものではない。北辰テストが他県の高校受験模試と一線を画すのは、模試の結果が私立高校入試の合否に直結することにある。

毎年秋になると、埼玉県内の私立高校は受験生向けに入試相談会を開く。受験生は入試相談会に模試の成績表や通知表を持参して、志望する私立高校の担当者との個別相談に臨む。ここで、担当者に見せた成績表や通知表の数値が一定の基準を満たしていると、担当者から次のようなことを言われるのだ。

「あなたは、うちの高校を受験しても大丈夫ですよ」

by埼玉県私立高校の入試担当者

このように言われることを、埼玉県では俗に“確約をもらう”という。担当者は入試相談会で“確約”を与えた受験生の個人情報を取得しておき、もしこの受験生がその私立高校を受験した場合は、よほどのことがない限り合格を出す。入試に絶対はないので担当者は決して“確約”という言葉を使わないが、受験生の立場からすれば、入試相談会の時点で合格がほぼ約束されたことになる。逆に、“確約”がもらえなかった高校や、入試相談会に行かずに“確約”をもらっていない高校を受験しても、高確率で不合格になる。

実のところ、私立高校の入試前に“確約”を出す仕組みは、日本の大多数の地域で採用されている。ただし埼玉県以外では、受験生が各自入試相談会に出向くのではなく、中学校内の三者面談で中学校の教員を介して行われるのが一般的だ。また、私立高校が設ける“確約”の基準は内申点が中心であることが多い。埼玉県でも内申点は“確約”の基準のひとつになり得るが、内申点よりも北辰テストが重視されている。受験生の学力を把握する上で、北辰テストの方が信憑性が高いと考えられているからだ。中学3年生対象の北辰テストは年8回行われるが、「第3回(7月)以降の回を2回以上受験した上で、上位2回の平均偏差値がXX以上」のように“確約”の基準を設定している高校が多い。このため、北辰テストの受験者は第3回から急激に増え、例年、埼玉県の中学3年生の8割以上が受験している。

北辰テストで好成績を残せば、内申点が多少低かろうと私立高校の選択肢が増えるという点で、この仕組みに恩恵を受けている生徒は少なからずいると思われる。ただ、本番の入試の成績ではなく、北辰テストが実質的に合否を左右しているのだとしたら、もはや北辰テストが事実上の私立高校統一入試と言えるのではないだろうか。現状、埼玉県の私立高校志望者は、志望校の受験料だけでなく、北辰テストの受験料の負担も余儀なくされる。本番の入試の成績もクラス分けには使われるので全く意味がないとは言えないが、入試の一部を、北辰図書株式会社という民間企業に委託していると言っても過言ではないだろう。

以上の状況を踏まえると、埼玉県の私立高校の合格難易度は、各高校が“確約”の基準として設定している北辰テストの偏差値の高さによって推し量ることができる。埼玉県の西部・北部にある私立高校について言えば、男子校である川越東高校(川越市)の理数科や、共学である西武学園文理高校(狭山市)の普通科エリート選抜東大クラスの基準がとくに高いことが知られている。これらの学科・クラスに併願受験で“確約”をもらうには、北辰テストで偏差値70前後の成績を収めることが要求される。これは、県立川越高校や川越女子高校に合格できる生徒であっても簡単ではない。また、“確約”の基準では川越東高校や西武学園文理高校ほど高くないが、共学である本庄東高校(本庄市)の普通科特進選抜コースは、熊谷高校や熊谷女子高校、さらには群馬県の10%erによく併願されている。

埼玉県の私立高校の中には、自前の入試で選抜したいという想いが強いのか、“確約”を与えない高校もある。具体的には、慶應義塾志木高校(志木市)、立教新座高校(新座市)、早稲田大学本庄高等学院(本庄市)の3校だ。それぞれ慶應義塾大学、立教大学、早稲田大学と、首都圏の著名私立大学に多数が内部推薦で進学できるため、県内外から人気を集めている。この3校の合格難易度は県内進学校の中でも上位に位置することから、3校とも進学校Mapにおける進学校に選定した。なお、慶應義塾志木高校と立教新座高校は男子校、早稲田大学本庄高等学院は共学である。

埼玉県(西部・北部)内高校の大学合格実績(2020年春)

※進学校は黄色で示す。各高校の公式Webサイトで発表されたものを参照した。原則として現役・浪人の総数で、現役での合格者数が分かる場合は( )内に併記した。★を付けた川越東高校(2020年春卒業者数448人)、西武学園文理高校(1学年約310人)、本庄東高校(2020年春卒業者数398人)は学校全体の実績である。

【2022/12/30追記】この記事を含む北海道・東北・関東地方の進学校Mapの記事を、加筆修正して収録した書籍(同人誌)を通販中です。詳細は以下の記事をご覧ください。


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