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2021年3月の記事一覧

今年も君と桜のトンネルを歩きたかった【ファンタジー ショートショート】

今年も君と桜のトンネルを歩きたかった【ファンタジー ショートショート】

光が、柔らかくなってきた。
頬を撫でる風が心地よい。
舞散る花びらを受けながら、桜のトンネルをくぐる。
この桜も、もう散ってしまうんだなあ。
また来年。来年も僕はこの桜を見られるのだろうか。

一年前、この桜吹雪、君と一緒に見た。
君は嬉しそうに手を広げて、雪みたい、と掌に落ちてくる花びらを受け止めようとしていたね。
ついてるよ。僕が君の少し茶色の長い髪についた花びらを取ってみせたら、君は照れたよ

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山の炭焼き小屋【ショートショート】

山の炭焼き小屋【ショートショート】

太平洋戦争から帰った父は、山の上の見晴らしのいい場所へ家を建てた。

父は家の横に炭焼き小屋を作って、炭を焼いて生計を立てた。
私は学校にも行かず、町へ炭を売りに行ったり、父の手伝いをして過ごした。
母は元々丈夫な方ではなく、産後の肥立ちが悪く、私を産んですぐに亡くなった。

そんなふうに15まで山の上で過ごしたが、16の時、街へ集団就職した。
紡績工場だった。工場の隣には女工たちの暮らす寮があり

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一夜【ショートショート 恋愛】

一夜【ショートショート 恋愛】

目が覚めると胸が苦しかった。久しぶりだ。最近は嫌なことがなかったから、この苦しさからも開放されていた。
起きなきゃ。会社へ行かなくては。体の重さと戦い、よろめきながら洗面へ行く。
疲れきった、ひどい顔をしていた。青ざめてすら見える。
そんな自分の顔を眺めていて、昨日の出来事を思い出した。

私は今の会社に中途で入社したばかりだ。入社してひと月経ったくらいか。
小さな会社だ。主にホームページの更新を

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