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山の炭焼き小屋【ショートショート】

太平洋戦争から帰った父は、山の上の見晴らしのいい場所へ家を建てた。

父は家の横に炭焼き小屋を作って、炭を焼いて生計を立てた。
私は学校にも行かず、町へ炭を売りに行ったり、父の手伝いをして過ごした。
母は元々丈夫な方ではなく、産後の肥立ちが悪く、私を産んですぐに亡くなった。

そんなふうに15まで山の上で過ごしたが、16の時、街へ集団就職した。
紡績工場だった。工場の隣には女工たちの暮らす寮があり、工場とそこの往復の日々を過ごしていた。
もらったお給料はあまり使わず、父へ仕送りをしていた。そのため生活に余裕はできたと思うが、父は炭焼の仕事をやめることはなかった。

19の頃、私は新しく紡績工場の責任者として赴任した男性に見初められ、結婚することになった。年は離れていたが、優しい人だった。
父への報告のため、私と夫は山の上の小さな家へ行った。里心がつくからと、仕事に慣れるまでは帰省するなと父からは言われていたので、三年ぶりの帰省だった。
無骨な父だったが、父なりにできる限りに夫のことを饗していたのを覚えている。
夫が興味を持ち、炭焼き小屋を見てみたいと言うと、父は喜んで仕事場を見せていた。炭焼は父の誇りだったのだ。

結婚して、一姫二太郎と娘から二年置いて息子が生まれた。夫は真面目で、子供たちは元気に育ち、慎ましくも幸せな家族四人の生活だった。
娘が中学に上がる頃、紡績工場はなくなることとなった。中国からの安い糸に太刀打ちできなくなったからだ。幸い、社長は先見の明のある人で、化粧品の分野にも手を広げていたため、夫はそちらへ異動となった。慣れないながらも夫はやはり真面目に働いていた。

娘が成人する頃、夫は言った。
「お義父さん、一人で大丈夫なのか」
私達は家族四人で父のもとを訪ねた。
私は父に聞いた。山を下りて一緒に暮らさないか、と。
父は相好を崩さず、笑顔で応えた。
「なあに、俺の炭を必要としてくれる人がいるうちは、俺の居場所はここだ」

それからも年に幾度かは父の顔を見に帰っていたが、あるとき実家を訪ねると、炭焼き小屋から見知らぬ若い男が出てきた。一瞬、泥棒かと思ったが、出で立ち、顔に真っ黒にこびりついた炭を見ると、どうやらそうではなさそうだった。
「祐一、どうや?おお、なんや、弘子、来とったんか」
父はこの頃から右足が悪く、ひょこひょこと歩いてきた。
祐一と呼ばれた青年を、炭焼の勉強に来ているのだと紹介した。
祐一さんは、住み込みで働いてくれているらしい。最近めっきり年を感じさせるようになった父を、一人にしておくのが不安だったので、とてもありがたかった。

祐一さんから早朝に電話があったのは、それから数年後のことだった。
おかしな時間の電話に妙な胸さわぎを覚えながら受話器をとると、父が倒れたのだと言う。
夫と息子に声をかけ、急いで病院へ向かった。

病院へ着くと、父の顔にはすでに白い布がかかっていた。
搬送される前に父は心臓が止まり、一旦蘇生したのだが、やはりだめだったのだという。

父の葬儀から二月ほどたった頃、私は山の家を訪れた。父のいない家は、実家と呼べるのだろうか。
途中、炭焼の煙が見え、私は父が生きているような気がして、思わずかけ登った。
しかし炭焼き小屋から出てきたのは祐一さんだった。
「ああ、弘子さん」
祐一さんは笑顔で会釈した。私も返した。
私は家へ入らずに、ぼんやりと煙を眺めていた。
「ねえ、祐一さん。父は、幸せだったのでしょうか。父は、戦争から帰ってすぐにこの小屋を立てて、それからずっと、どこへ行くこともなく、ここで炭を焼いて過ごしたのよ」
祐一さんは、驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になって応えてくれた。
「お父さんは、炭を焼くことに誇りを感じてました。弘子さんのことはいつも案じてられました。けれど、それでも炭焼を続けたかったんだと思います。炭焼きが、お父さんの喜びだったんだと思います」
煙が登っていく。あれは父の魂なのかもしれない。私達はしばらく、煙の消えゆく先を見つめていた。

#第3回THE_NEW_COOL_NOTER賞_ 7月参加

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数日前に、突然、「山の炭焼き小屋で働く父親」という情景と、その後のストーリーが浮かんできて、書くことになりました(おかしな言い方ですが)。

登場人物の境遇は、全く私と縁もゆかりもないのですが、最後の方は、泣きながら書いていました(ToT)

下に書きますが、今が泣きたい時期なのかもしれませんが‥‥。

そんなわけで(どんなわけ?)時代考証もいい加減で、拙い作品ではありますが、上げさせて頂くことにしました。


先週バタバタしたり、睡眠相が後退しているので(昨年の今頃もそうでした)それを無理やり朝方にして、体に負担がかかったようです(;´д`)トホホ…

今回は生理が遅れ気味で、月経前不快気分症がひどいです。

溜め込んできた感情と向き合う時間なんだなあと思い、ゆったりとして、感情を感じ切ることにしました。


ちょうど人生の節目なので(何となくそう感じます)、ここで一区切りつけておくのもいいかなあと思ってます☺

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