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【エッセイ】悪夢

 ときどき悪夢を見る。
 その内容はいつもだいたい同じで、寝ている自分の近くに誰かがいて、私はそのことに恐怖を感じるのに身動きがとれない、というものだ。詳細なシチュエーションはそのときによって違うが、見るとたいへん疲れるし、怖い。
 そして昨夜、悪夢を二本立てで見てしまった。お祓いにでも行こうかな。

 一本目。
 夜中に目が覚めると、お腹のあたりが重い。壁掛けについた鈴が、風もないのに鳴っている。(壁掛けなど掛けていないのに)
 起きたいが体が動かない。目も開けることができない。それなのに、お坊さんが着る法衣と袈裟の裾が頭に浮かんだ。それでお腹のあたりにお坊さんが正座しているのだとわかった。顔までは思い浮かばない。
 起きなければ、と強く思うのに、やっぱり体は動かない。なぜか玄関がガチャガチャ鳴って、誰かが部屋に入ってこようとしているようだった。鍵を閉めたかにわかに不安になる。
 お坊さんはなにも危害を加えないのに、なぜだかどうしようもなく怖かった。私は心のなかで念仏を唱える。(お坊さんに向かって念仏を唱えるとは我ながら挑戦的だ)
 声が出せないが、力いっぱい唱える。本当は手を合わせたい。動かない。怖い。動きたい。さらに体じゅうに力を込める。
 突然ふ、と体の緊張が解けて目が覚めた。一瞬、念仏の声が漏れ出た気がした。お坊さんも鈴の音も消えた。
 やっと寝返りを打つ。心臓がまだ早鐘を打っている。ああ怖かった。目を開けないように、すぐ次の眠りに入る。

 二本目。
 やっぱり寝ている。後ろから声をかけられた。声で職場の先輩だとわかった。
 私は他人に背後をとられるのが嫌いだ。無防備な背後に人がいるというだけで怖いというか、緊張するというか、背中がぞくぞくしてしまう。
 だから先輩の声にも、背中の一点が縮み上がるほどにぞくりとした。
 背中を見せたくないので振り返ろうとする。やっぱり体は動かない。力ずくでどうにもならないのに力を入れるしかない。なぜか手を動かそうとしている。動かない。
 そのうちに目が覚めた。辺りはすっかり明るくて、目覚ましが鳴る前だか観念して起き出す。もう一度寝て悪夢を見るのは避けたかった。自由に身動きがとれないのは現実だけで十分だ。

 昨日、寝る前に見ていたテレビで芸人がお坊さんのネタをやっていたっけ。昼間には職場で先輩の声を聞いたよな。
 夢なんて深層心理のどこを切り取ってくるかわかったもんじゃない。ひとまず、お坊さんのことを人知れず「ズボウ」と呼んでいたことを心のなかで詫びた。
 ああ、ぐったりした1日のはじまり。今日は有給休暇だというのに。
 
 
 

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