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【エッセイ】黒飯

 このごろめっきり黒飯を食べる機会がない。
 ときどき、たまに食べたいなあ、と思うが、あまりに長くその食べ物から離れているので存在を忘れてしまいそうだ。
 黒飯は葬儀や法事といった仏事に供される食べ物だ。もち米を炊いた白いおこわに、黒豆が混ぜ込んである。たぶん、おめでたい席の赤飯と対を成すような存在だ。たいがい木目の折詰に入っていて、上に緑の葉のバランが乗っていたりする。折り詰めには紫と白のゴムがかかっている。
 味は、と考えて思い出せないことに気がついた。たしか、塩っけのあるもち米に、黒豆は甘くなかったような。いや、黒豆は甘かったのだろうか。自分の記憶のなさに愕然とする。
 近ごろは葬儀でも法事でも、黒飯が登場することはほとんどないように思う。ふつうのオードブルとか巻寿司とかに取って代わられつつあるようだ。
 近い将来に、自分の身近では消滅してしまいそうだ。
 どうして味も思い出せない食べ物をなつかしく思うのだろう。まさか、黒飯とは自分の頭の中だけで作り出した幻の食べ物なのではあるまいな。
 にわかに不安が湧きあがる。
 ねえ、黒飯って懐かしくない?
 誰かに聞いてみたい気がするが、なんだか怖くて聞けないでいる。

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