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なぜ今 【アート思考】 なのか?


今日はアートセラピーとも関連の深い、【アート思考】についてのお話をしたいと思います。 突然ですがみなさま、近年日本において【アート思考】に関する書籍が爆発的に出版されているのをご存知でしょうか?

(私が最近読んだだけでもこれだけありました↓)

帯にはこんなキャッチコピーが並びます。


「時代はMBA(経営学修士)からMFA(美術学修士)へ」
「論理的思考・MBAでは戦えない “直感”と“感性”の時代」
「ロジカルシンキング→デザインシンキング→アートシンキングへ」
「シリコンバレーのCEOたちが実践!」
「美術は"思考力"を磨くための教科だったのか! 」
「未知の領域が生まれるビジネス思考術」

(いささか大袈裟だったり、過剰な表現もあるように思いますが...)

それでも【アート思考】は、もはやひとつの社会現象、ビジネスにおける大きな流れとなってきていると言えそうです。
なぜ、ビジネスとはあまり関係のなさそうな“アート”が、こんなにもビジネスの現場で注目を浴びているのでしょうか?


□【アート思考】 トレンドの高まり

実は、この【アート思考】を重要視する流れ、イギリスやアメリカでは日本よりも早く生まれていました。

2005年に出版され世界的なベストセラーとなったダニエル・ピンクの「ハイ・コンセプト」では、すでにMFA(美術学修士:Master of Fine Arts)のビジネスにおける重要性が説かれていましたし、ハーバード・ビジネスレビューでは2008年の時点で「先進的なグローバル企業において、MBAで学ぶような分析的でアクチュアルなスキルよりも、美術系大学院で学ぶような総合的でコンセプチュアルなスキルの重要性が高まっている」と報じられていました。実際、世界のビジネスエリートがMBAだけでなくMFAを取得する動きは徐々に高まっており、アート・デザイン分野をカリキュラムに組み込むMBAも増えてきています(※Financial Timesの記事)。

また、オバマ大統領が2011年に国家戦略とした「STEM教育:Science(科学)・Technology(技術)・Engineering(工学)・数学(Mathematics )」に、新たに【Art(芸術)】が加えられたことで、“アート・芸術を学ぶこと”への関心が世界的に高まったことも、この大きな流れに寄与しています。

2020年世界大学ラインキングのアート分野で1位に輝いたイギリスのロイヤルカレッジ・オブ・アート(RCA)や、ニューヨーク近代美術館MoMAでは、名だたる企業の幹部向けにアート鑑賞やアート思考のトレーニングを実施しています。

そして2021年現在日本。日本語で「アート思考」とgoogle検索すると28,300,000件のヒット。アート思考のセミナーや研修はもはやどれを選んだらいいか分からないほど数多く行われています。2020年には東京大学とNTTが“社会的課題を解決するための”「アート思考によるイノベーション創出手法に関する研究プロジェクト」というものを発足しました。

20万部を超えるベストセラーとなった「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか」の著者、山口氏はこのアート思考トレンドの理由を以下のようにまとめています。

「グローバル企業の幹部候補、つまり世界で最も難易度の高い問題の解決を担うことを期待されている人々は、これまでの論理的・理性的スキルに加えて、直感的・感性的スキルの獲得を期待され、またその期待に応えるように、各地の先鋭的教育機関もプログラムの内容を進化させている」


マツダを実例に挙げ、これからの日本のものづくりのあり方を考察した「アート思考のものづくり」の著者、延岡健太郎氏は、以下のように【アート思考】の必要性を説いています。

「「モノからコトへ」と言われる中で、デザイン思考などの手法が取りざたされています。その方向性は重要ですが、日本企業が世界を再びリードするためには、トレンドの追従だけでは不十分です。ユーザー満足を目標とするデザイン思考を超えて、ユーザーの想定を超えた感動をもたらすものづくりを目指すべきです。その実現に必要とされるのが、自ら強く信じる哲学や信念を表現する「アート思考」なのです。」

どうやら【アート思考】はこれからの社会に必要な“あたらしいスキル”として、世界的に注目を浴びているようです。


□【アート思考】が求められる社会的背景:VUCA

アート思考が世界的に注目されるようになった理由の一つに、今のこの世界を表す言葉【VUCA】ヴーカ があります。

【VUCA】とは、もともと1990年代にアメリカの陸軍戦略大学校で提唱された軍事用語。2010年代にダボス会議でも用いられ、現在はビジネス・教育現場など幅広いシーンで用いられるようになりました。

VUCA=
V olatility(変動性)
U ncertainty(不確実性)
C omplexity(複雑性)
A mbiguity(曖昧性)

これら4つのキーワードの頭文字を取っているのですね。まとめると、「めちゃくちゃ複雑で予測不能な状態」を意味します。まさにカオスですね。

このようなVUCA的世界において、これまで「正解」「有効」とされてきた既存の方法論やスキルは限界を迎えています。これまでは「ルール」に則ってロジカルに対処していれば、みんなが「同じ」正解にたどり着くことができた。けれど、ルールや枠組自体が時事刻々と変化していくようなこの世界において、先人たちが敷いてくれた、「この道に沿っていけば確実だよ」というレールでは、どこにも辿り着けなくなってしまったのです。そこで、もっと柔軟に対応できるような思考法や新しいスキルが求められているというわけなのですね。

技術が進歩し、世界的に豊かになり、便利になったこの世の中において、人々は基本的な欲求の充足を叶えました。そしてこれからはさらに高次の、「自己実現」を求めるようになるといわれます。一方、その“技術の進歩”によって、これまで人が行なっていた仕事の必要性がどんどん失われるという見立てもあります。企業やリーダーはもちろんのこと、ひとりひとりの個人が、これからのあり方・向かう先を考えていかなければなりません。

これからの世界で、私たちひとりひとりにできることは何か。
わたしたちは、社会に対してどんな価値を生み出すことができるのか。

その答えを見つけるための手段のひとつとして、【アート思考】が注目を浴びているというわけなのです。


□そもそも 【アート思考】 とは?


直感的には、「アーティスティックに考えるということ?」と思いますよね。
【アート思考】とは、(諸説ありますが)以下のような思考と説明されています。

「アーティストが作品を生み出す時の考え方、思考プロセスのこと」
「0から1を生み出す思考」
「自分の内側にある興味をもとに自分のものの見方で世界をとらえ、自分なりの探究を続けること」
「個人の中核から発し、作品に対する自分の感情や信念を表現しようとすること」「Art Thinking is not customer-centred; it is breakthrough-oriented.(アート思考は顧客中心ではなく、突破(ブレークスルー)志向である)」

つまり、アート思考とは、

【個人(アーティスト)が、“自分起点で”新しいものを生み出す時の思考】

と言うことができそうです。

確かに、このVUCAの時代、そして“個”が起点となる時代において、強固な芯を己の中に持ち、人々に感動をもたらし、世の中に問題提起することができるアーティストのスキルは、大きなヒントになるかもしれません。

アーティストは、(もちろんいろんな方がいますが)世界と接する中で生まれた自分のオリジナルな感覚・感情・考え・哲学を探求し、それを0から表現する、この世に“生み出す”ことを仕事としています。
そこには必ず何らかの「メッセージ」があり、「問いかけ」があり、「あたらしい発見」があります。

アートは常に、「この世になかったものを作り出す」もの。
そして、何にも制限を受けず、自由な表現を許されてきたもの。

これまでの常識やルールにとらわれず、独自の哲学や柔軟な着眼点を生かし、ユニークな表現で伝えられるのがアートの強みです。


□ 【アート思考】 をどう取り入れるか?

でも、みんなが1人残らずアーティストになって好き勝手に創作活動をしていくのがこの世界の理想像なのでしょうか?
楽しそうではありますが、うまく機能するかというと、難しそうな気もしますよね。

ビジネスパーソンにとっての【アート思考】はあくまでも、“新しく取り入れる”スキルであって、これまで彼らが築き上げ、磨き上げてきたロジカルシンキングやデザインシンキングを否定するものではありません。というよりむしろ、【アート思考】だけでは不十分と言えるかもしれません。

VUCAの世界において、0から1を生み出すフェーズ、つまり向かうべき道を定めるとき、ミッションを掲げるとき、新規事業を起こす場面や、あたらしい製品・サービスを作る段階には、この【アート思考】が役に立つはずです。でも、そこから1を100に、100を100000にと広げていくときは、また別のスキルが必要になってくるはずです。

【アート思考】は何にでも使える万能の武器というわけではなく、必要な時に大切にすべきスキルである、選択肢の一つである、と言えそうです。

でも、これからの時代。個々の人々に0→1のクリエイティブなスキルが求められる時代には、きっと全ての人にとって役に立つはずです。


山口周氏の著書でも紹介されていましたが、ここで、「社会彫刻」という概念を提唱したアーティストをご紹介したいと思います。ドイツのヨーゼフ・ボイスという人です。“芸術家”という職業を超えて、アートを社会活動にまで広げていった彼は、まさにアート思考の先駆者と言えます。

ヨーゼフ・ボイスは「社会」を一つの彫刻作品と考え、そこに暮らす全ての人々を、社会を形作っていく「アーティスト」だとしました。「芸術家」は「自ら考え、自ら決定し、自ら行動する人々」であるとし、「あらゆる人間は自らの創造性によって社会の幸福に寄与しうる、すなわち、誰でも未来に向けて社会を彫刻しうるし、しなければならない」と言ったのです。


変化の激しい、このVUCAの時代にこそ、この考え方、【アート思考】が重要になってくると私は思います。それは単に「自由に欲望のままに自己表現する」ということではありません。私たちひとりひとりが、真摯に社会と向き合い、その流れや向かうべき方向を見定めながら、「自分の核となるミッション・信念・役割」を見出し、自ら考え、自ら決定し、自ら行動することで、よりよい世界を作っていく。それが、今後私たちに求められることだと思います。


□ 【アート思考】 と【アートセラピー】

最後に、ここまでお話ししてきた【アート思考】と、私がイギリスで修行してきた【アートセラピー】の深いつながりについてお話ししたいと思います。

以前こちらのnoteで、アートセラピーが持つ力について書きました。

***

どんな人も、いかなる人も、この世にたったひとつの、その人にしかない“感じかた”、その人だけの“視点”を持っています。
アートセラピーの目的のひとつは、「この世にたったひとつの“その人だけの感じかた”」を少しずつゆっくりと取り戻すことです。自分だけの感じ方を肯定することは、自分そのものを肯定することです。

自分が心地いいと感じられること、許せないこと、興味を持てること、熱中できることを素直に受け入れられるようになると、どうやって自分の人生を生きて行ったらいいかという「ヒント」や「指針」のようなものが見えてきます。わけのわからない外からの力に強制されることなく、自分の人生のハンドルを握ることができるようになります。

***

と書いたのですが、【アート思考】にとって最も大切なのはまさにこの、

この世にたったひとつの、その人にしかない“感じかた”、その人だけの“視点”

なのです。

これからの世界で特に求められるのは、個人起点の「この世にたったひとつの、その人にしかない“感じかた”、その人だけの“視点”」。「知覚」「感性」「直感」なのです。

そこから生まれてくる、どう生きたいのか、何をしたいのか、この世界をどう変えたいのかというヴィジョンや情熱こそが、最も価値を持つようになります。

【アート思考】をいくら頭で理解しても、セミナーで学んでも、いざ実践しようと思っても、この自分の中にある“感じ方”や“視点”を見つけることができなければ、それは実現できません。0はいつまでも0のままです。

【アートセラピー】におけるこのプロセスは、【アート思考】の中核、まさに種の部分に活用できると言えるかもしれません。


いかがでしたでしょうか。
今回は、【アート思考】について、そして【アートセラピー】との関連性についてお話ししました。

今後もこちらのnoteでは、アートセラピーはもちろん、アート思考についてもご紹介していきたいと思います。

ビジネスに生きるアートとして有名なMoMAのVTS(Visual Thinking Strategy)などについても書いていく予定です。どうぞよろしくお願いします。

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
また次のnoteでお会いしましょう。

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