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東京アダージョ:病院抜け出した涙(自動車ショー歌)

東京アダージョ:世の中には、どう考えても、どうあぐねても、どうしょうもない事がある。それでも、幸、不幸を背負った時間の動きは止まらない。

もう、何年前だろう、
私が、交通事故で、入院した病床は、なぜか、空きのベットの関係で内科病床であった。
そこで、隣同士の鈴木さんと出会った。
自分より、親子ほど異なる年上の鈴木さんは、何度目かの脳梗塞で、長期に入院されていた。
当時は、プライバシーの配慮もなく、カーテンは開けっ放しが常識で、そして、毎日が暗い話ばかりだった。

ある時、話の流れから、自動車修理の長年の技術を持つ、鈴木さんと首都高速を一回りする事になった。

私は、痛みはまだあるものの、だいぶ良くなった、ある日、閉鎖的な病棟をそっと、抜け出して、タクシーで自宅に戻り、少しチューンした車を持ち出して、
真夜中の病棟のそばの道で、約束通り寒そうにたたずむ、鈴木さんを拾って、首都高の今でいうC1(サークル ワン=都心環状線)をかっとんだ。
柿本改のマフラーは、良いサウンドを出している。
その都度、ニヤッとする鈴木さんの笑顔は、その辺も理解していたのだった・・

しばらくして、助手席の鈴木さんは、急に言った。
「もらしたこと、、、ありますか?」
「えっ・・・・」
「ねぇ、ありますか。」
「今、冗談ヤバいですよ、スピンしちゃいますよぉ~~、それにスパルコ(シート)なんだから」
しばらく、無言の時間が経つと、、
「うっうっ」と聞こえた・・そこには、鈴木さんの目から大粒の涙が、
「あっ、どこか、パーキングか、コンビニでトイレ借りましょうよ?」
「そんな話じゃないんですよ、俺ね、もう、、もう、どうしょうもない車屋なだよね。
車検場に、車持ち込む途中で・・・それもできない修理屋なんて」

間が持てない、、いじり尽くした車には、カーラジオさえも付いていないのだ。
ここは、思いっきり、首都高都心環状線の次から次のコーナーを責めるより、他はないのか・・・・
オービス(速度違反自動取締装置)の位置も知っているし・・・

「あのう、鈴木さん、早く、仕事、出来るようになるといいですね。」
「仕事は、とても、とても、無理だよ・・・・シベリアンハスキーを連れて散歩がリハビリでね、今一番の幸せなんだよね」
それから、また、鈴木さんの目から、大粒の涙がこぼれた。
「そのね、そのシベリアンハスキーがね、この間、死んじまったんですよ。」
・・・
私が言葉を失っていると・・・
鈴木さんは、話を逸らすように・・
「あの、マセラッティの不思議な話なんだけど・・・」と、語り出した。
・・・
ミモザは咲いていたが、今は、まだ、寒中・・・

それから、また、始まった。
「正月は、冥途の旅の、一里塚って、言いますね。」
「ええ。でもねぇ・・今、コーナー攻めてんのに、今、それ、言わなくてもいいじゃないのぉ~、もう、、」
「浅田さんは、まだ、若いから、そう考えた事、無いだけしょ」
「だけど、今、それ、あれですよ、あれ」
「けど、こうしてくれて、浅田さんは、ほんとうにいい人だね」
とまた、涙を流した。
「えっ、急にほめられても、今、やってる事、あれですよ、これ・・・」

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それから、しばらくして、
サクラの頃、
鈴木さんの修理工場に様子を見に行ってみたら、従業員の方が、社長は、上にいると案内してくれた。
ずいぶん長い非常階段を登って行くと・・・
その工場の屋上のプレハブ小屋の中で、鈴木さんは、パジャマ姿で寝ていた。
「浅田さん、ほんとに、来てくれたんだねぇ」
「鈴木さんに、また、会えて良かったですよ」
「この時期、明るいねえ」
「ええ、そうですね、桜も咲くしね・・鈴木さん、自動車ショー歌、また、やってよ」

そして、鈴木さんの好きな小林旭さんの「自動車ショー歌」を熱唱したのは、もう、何年前だろう。

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(追記)今の今、不謹慎だが、
自動車ショー歌には、「そろそろ終わっていいコロナ♬~」
のフレーズがあるが、本当にそうあって欲しいものだ。

#プロットにもならない下書き

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