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【創作】寂れた映画館で【スナップショット】


好きなところに座って
 
ありがとうございます
いいんですか
一人だけなのに
 
いいさ
今日が最後の日だからね
観たいものは?
 
お任せします
でも、どうせなら
絶対他で観られないような
本当に古い映画がいいですね
 
いいね
ではサイレントの
古い外国のメロドラマにしよう
 
サイレント、ということは
音がないんですね
 
そうさ、モノクロで、
音楽はない
大変美しく撮られた
真珠のように輝く作品だ
 
白黒の映画って
観たことがないんです
ちょっと緊張する
 
そんな必要はないさ
音もなく
白と黒しかないというのは
映画の生まれた姿だ
そして夢に一番近い
例えば絵画というのは
どんなに古い時代のものでも
最初から様々な色があった
 
ええ、そうですね
 
でも、写真や映画は
最初色がなかった
現実の光景は
フィルムに焼き付けるとき
現実とは違う
白と黒の光と影に還元される
夢というものは
それと同じで
普段の人生が
人生と違って
音もなく
目で感じられない
色のない映像となって
演じられる人形劇だ
私にとって映画は
そんな夢に最も近かった
 
だからあなたは映画館を
経営しようと思ったんですね
 
そうだね
私は小さい頃から
映画が好きだった
映画館の暗闇の中で
光が私を充たして
夢の中にくるまれている
ように感じるのが心地よかった
実のところ
ワクワクする話だとか
映画スターだとかは
どうでも良かったんだ
私にとって
夢の光をよりよく
味合わせてくれる映画が
良い映画だった
だから
スマホの画面で見る映像は
私にとっての映画ではない
否定はしないよ
でも私には別物だ
 
同じ映像ではないのですね
 
そう、それは電子の粒で
描かれた絵画、細密画だ
でもフィルムの映画とは
ステンドグラスを通して
地面に映る色とりどりの影
暗い海の底に差す光
実体のない夢なんだ
 
そんな夢をあなたは愛していた
 
そう、浸かっていたんだ
長いこと映画に浸って
映画館を出た後
目の奥がちらつく
フリッカー現象だね
そして周りの音が物凄く
澄んで聴こえるようになる
フィルムが回るかたかたという
あのパーフォレーションの音が
耳を研ぎ澄ませるように思えた
夢の中から現実に戻る瞬間だ
そういう身体全体で浸る体験だった
 
テレビやスマホ、
デジタルな液晶がそうしたものを
駆逐してしまった
 
そう思っていた時もあった
でも最近は
もっと単純な問題な気がする
つまり、単に年をとったんだ
私と同じような体験をした人間が
年をとって少なくなっていった
そうなると
余程の価値がない限り
何かが残っていくのは難しい
私にとっての映画は
その光によって
ほんのひと時
私自身の現実の世界と
違う夢を見させて
消えていくんだ
 
とても、惜しいことのように思えます
 
そんなことはないさ
誰もが自分にとって
そういう現実とは違う世界を
見せてくれる夢を持っている
それが私にとって
たまたまフィルムの映画だった
というだけだ
長い歴史からすれば
特別なものではない
古代の人々は
今となってはごく普通の絵を見ただけで
驚くほどのイマジネーションを
掻き立てられ
現実以上の夢を見たんだ
ある人にとっては
それが音楽かもしれないし
旅や、何か別のものかもしれない
若い君にだってあるだろう
 
どうでしょうか
私にはまだ分かりません
 
出てくるさ
文字通り、君を
「夢中」にさせるものがね
私はこの夢が
終わるのを分かっている
そろそろ人生の夢から覚めて
別の場所に行く時だとね
今まで見た夢は忘れてしまうだろう
多くの映画を観ても
全てを覚えていないように
でも今まで浴びた夢の光の感触、
幸福だった記憶の暖かさは
確かにこの身体に残っている
それが私が存在した意味になった
生きることの意味など
そんなもので十分さ
さあ、この映画館の
最後の上映の準備が出来たよ
 
楽しみです
 
上映開始だ
 
 
 









(終)


※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。

※過去の「スナップショット」置き場



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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