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【創作】海辺のホテルにて【スナップショット】

こんなところで会うとは思わなかった
 
ええ、嬉しいわ
 
僕はそうではない
 
幻滅している? 今の私に
 
いいえ、貴方は今でも美しいまま
 
ありがとう
 
あの人は?
 
今、孫娘と一緒に散歩に
 
そう
 
海風が気持ちいい
 
貴方は、今まで何を?
 
生きていた、それだけ
あなたは?
 
わからない
ずっと、旅をしていたような気がする
 
どこを?
 
わからない
貴方のことを
ずっと考えていたわけじゃない
 
当然ね
 
それでも、貴方を本当に愛している
こうやってもう一度会って
今そのことに気づいた
貴方なしの人生は空虚だった
 
後悔している?
 
とても、とても
どうしてあの時
 
どうしてあの時私を奪わなかったのか?
どうしてあの時二人で死ななかったのか?
 
いや、そうじゃない
分かっている
貴方が全てを捨てなかったのは
正しかった
 
私たちは一緒にいても
うまくいくはずはなかった
 
そうだ、それでも
 
それでも?
 
もっと違う人生があった気がする
 
私はあの時あなたを愛していた
 
でも、全てを捨てることはしなかった
それは正解だった
 
あなたがいなくなって
あなたの幻がいつもつきまとっていた
でもその幻もいつか消えた
子供たちの笑い声や朝の光の中に
 
本物の人生の中に
 
そう
でも、私たちの愛が
偽物だったわけじゃない
 
僕はその時確かに信じていた
 
私も確かに信じていた
 
幻以上の強い力が、そこにあることを
家族、友人、常識、社会
そうした全てを破壊するほどの力が
僕らの間に流れていたことを
 
人生以上の世界があることを
夢の世界の光があることを
 
それは確かに愛だった
 
それは愛だった
この愛の瞬間にこのまま死にたいと
何度も思った
それでも私たちは死ななかった
それが答えじゃない?
 
そうだ、僕は臆病だった
 
大丈夫、私たちが臆病でなかったら
命がいくつあっても足りない
それは悪じゃない

そうだろうか

だって、今私たちこうやって穏やかに
話が出来ている
それが私たちの愛の答えになっている
もしかしたら、次の世では私たちは
もうすこしうまくやれるのかもしれない
 
次の世なんて、いらない
僕にあるのはこの今の人生だけなんだ
僕は自分自身の人生に
何も満足できていない
だから、貴方が美しく見えるのだと思う
僕の失敗した人生の
さかさまの象徴として
 
私の人生がいいものだと思っている?
 
違うのかい?
 
私の人生は空虚だったと思う
私はちいさい頃から
自分の人生に期待しすぎた
憧れが多すぎて幻滅に馴れてしまった
あなたと同じくらい臆病だったから
輝かしい何かを掴むことはできなかった
多分私が幸運だとしたら
今でもこうやってお日様の光を浴びて
海風の匂いを嗅いでいられるということ
 
あなたの人生は空虚じゃない
あなたは生きることを愛しているんだ
 
ええ、あなたをあの時愛していたように
愛している
私があなたを愛したのは
きっとこんな私を理解してくれると
思ったから
ほら、これだけの年月があっても
私はあなたにこうやって本音を話せている
私は正しかった
私の人生は間違っていなかったと
あなたは教えてくれるの
それが、私たちの秘密の人生
 
それも僕たちの人生だった
 
ええ、あなたもいつか
私をそんな存在だと思ってほしい
そう、分かってほしい
 
分かる気がする
 
ありがとう、少し歩きましょう
本当にここはいい場所







(終)


※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。


今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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