連載小説「幸せになりたいの」(最終話)
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「幸せになりたいの」無料掲載1〜5話。
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25 メープルシロップ
ドイツ人男性とその奥さんの二人が和室から出て行った後、マドカは頭がぼんやりしていた。悪い感覚ではない。心地よい余韻に浸っているような、今まで感じたことのない感覚だった。
今の会話の中に、すべてが詰まっていたような気がした。なんて濃縮した時間だったのだろう。今日は、坐禅の体験も素晴らしかったけど、あの二人との会話が、何よりも大きな収穫だったような気がした。
「なにやら、レオンさん達とずいぶんと楽しそうに話してましたね」
しばらくして樹がやってきてそう言った。
「へー、そうか、あの人、レオンさんって名前なんだ。名前聞かないで話ししてた…」
「よく来ますよ。また会えると思います」
樹はにこやかに言う。
時折、マドカはレオンさんとお話ししながらも、樹の方はチラチラと確認していた。彼はずっと、年配の男性の話に付き合っていたような感じだった。樹は優しいのだろう。誰にでも優しいから、みんな話をしたくなるのかもしれない。
「で、今日はどうでしたか?」
隣に座って、そう尋ねられたので、
「あのね、私ね、すんっごい…来て、よかった…!」
マドカは全身全霊で、その感動を表した。
「そ、そうですか、それはよかった…」
彼はマドカの大ぶりな態度にやや引いている様子だったが、マドカは構わず話した。
「いろんなことに気づけた。私がなんで今までダメダメのヘロヘロだったのかも、よくわかった。なんでわかったかというと、それらの経験があったからね。ピーラブちゃんの本を読んだり、ブログ読んだり、セミナー行ったのもそう。全部、つながっているんだって」
「すごいですね!わかります!僕もそういう風に感じて、世界がパッと明るくなったような経験があります。点が線になった時ってそんな感じですよね!」
世界が明るい。樹のその言葉で、マドカは和室から寺の中庭を見た。すぐ隣にはマンションがあって、それは薄曇り。でも、とても光輝いて見えた。
「今日は誘ってくれてありがとう。また来たいし、家でも続けてみる」
マドカがそう言うと、
「はい、また一緒に座りましょう。慣れてくると、どこでも座禅瞑想できますよ」
と、樹は言った。
立ち上がり、寺を出る間、さっき樹が言った「点が線になる」という言葉の意味を考えていた。
確かに、今までやって来たことが、線になってる。闇雲に動いていたように見えて、それはすべて意味のあることだった。その時はわからない。後になってからこうしてわかる。人は、いつも先のことばかり知りたがるけど、先のことはわからない。後になってわかる。うん、それでいいじゃない。
お寺を出て、樹と池袋駅の方向へ歩いて行った。どこかカフェで朝食がてらお茶をしようという話になった。マドカのすっかり空腹だった。
「あ」
歩いていると樹が突然そんな声を出した。スマートフォンを見ながら、一瞬足が止まった。
「セミナー、やるみたいっす。スタッフの人が教えてくれました。キャンセルもけっこうあったけど、それなりに継続で来る人はいるみたいですね…。叔母も、それはそれとして、開き直ってるようです。ただ、今後のイベントやセミナーは、いつくかほとぼり冷めるまで、いくつか中止したり、延期したりするようですが…」
「へー、やるんだ」
(さすがピーラブちゃん。そこんところは最後までやり抜くのね)
と、彼女のその太々しさが、ピーラブちゃんらしいなと、苦笑いした。多分、炎上の一件すら、彼女なら自分の都合の良いネタに変えてしまうのでは?
「マドカさんはどうするんですか?」
樹がそう聞いてきた。しかし、そう言ってから、ちょっと気まずそうな顔をして、
「いや、別に行くのがいいとか、悪いってことじゃないんですけど…。なんとなく気になって…」
と、もごもごと言う。
(樹くんにとっては、ピーラブちゃんは叔母さんなんだよね…)
なんだかんだ言っても、今までの話からすると、彼自身はピーラブちゃんのことが嫌いではないし、むしろ心配している。
「うん。とりあえず行ってみるよ。確かに、この前はイラッときたし…」
そう言いかけて、一旦自分の気持ちを確かめてみる。
「いや、まだ完全には許せてないかもしれないけど」マドカはそう笑いながら言う。笑えるってことは、ほとんど許せているのだろうと思いながら話す。「実際、ピーラブちゃんのおかげで、大切なことを学べたし、最後まで、セミナーは受ける。いちおう、3回分のカリキュラムに構成されていたから、最後まで聞いて、自分なりに参考にはしたい」
(88万払ったんだし)と、続けたくなったが、それは言わなかった。そして、そんな自分自身が少しおかしかった。
でも88万円の価値って、彼との出会いや、この坐禅体験とか、全部が含まれていると考えるなら、それは決して高くないと思えた。そう、それが「線」になってるということだ。88万という、一つの点。
「そうですか」
樹はどこかほっとしたような顔をしたと思ったら、
「お!このお店、モーニングセットやってますね。どうですか?」
通りかかった小さな店が目に止まった。カフェ、ではなく、喫茶店。
二人でそこに入った。駅前だと混み合いそうなので、知らないお店だけどむしろくつろげそうだとマドカも思った。
マドカはコーヒーと、フレンチトーストのセットを頼み、樹はトーストと茹で卵という、王道のモーニングセットを注文した。
店内は空いていて、カウンターで、年配の男性が新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。
お店は、初老の男性と、中年の女性の二人で営業している小さな喫茶店。
シルバーヘアーの男性はカウンターの中で寡黙にカップを磨き、ホールに出ている女性の方はとても明るい声で「いらっしゃいませ」と言った。たぶん、夫婦なのだろうとマドカは思った。
二人で、翌日の鎌倉での予定について話した。彼の友人のお店のホームページなんかに使う、料理や内装の写真撮影だ。マドカも同行する約束だ。
明日の事は、ワクワクしている。そして、今も、ワクワクしている。今この瞬間、たまらなく楽しい。会話の織りなす一言一言のやりとりが、マドカの心を温める。
ピーラブちゃんのいつかのブログのメッセージを思い出した。
『幸せは未来にあるもんじゃないのよ!今感じることなの!今感じる幸福感が、次々の幸せの波を押し寄せる起爆剤になるの!だから、いつも幸せから目をそらさないでね!』
本人が、一体どれだけ幸せなのかよくわからないけど、確かに、幸せは「なる」ものではなくて、「今感じる」ものなのだと、マドカは分かった。そう、わかったのだ。頭で理解したのではなく、すとんと、腹に落ち着いた感じだ。そしてこんなこと思うのも変な話だけど、ピーラブちゃんも、幸せになってほしいなと思った。
コーヒーの香りに混じり、香ばしいバターの匂いが漂う。ホールの中年女性が軽やかな足取りでやって来て、トーストセットをテーブルに置いた。
「おお~、うまそう!」
樹は運ばれてくるなり、まずコーヒーを一口飲み、すぐさまトーストに大きな口を開けてかぶりついた。
彼はいつも、美味しそうに食べる。マドカはその姿を見ているだけで、自分の空腹を忘れ、胸がいっぱいになった。
「あ、すいません、先にがっついてしまって」
じっとマドカが見つめているのを気にしたのか、樹が恥ずかしそうに言った。
「ううん、違うの。樹くんて、いつも美味しそうに食べるなぁって」
「え?そうっすかね?」
二人で笑っていると、マドカの注文したフレンチトーストとコーヒーが運ばれてきた。なぜか、カウンターの中にいた寡黙なシルバーヘアの男性が静かに運んできたが、その佇まいがとても絵になった。
「こちら、お使いください」
静かな口調で、彼は小瓶に入ったメープルシロップを置いた。
マドカはフレンチトーストに顔を近づけ、甘い香りを嗅いでから、たっぷりとメープルシロップを垂らしかけた。
フォークを持って、一切れ口に運ぶと、甘さと、ほのかな香ばしさが口の中や、鼻腔の奥に広がる。
「美味しい~!」
熱々のフレンチトーストを頬張り、思わずそう声が出た。その様子を見て、樹が微笑む。
マドカは、一口目を飲み込んだあと、放心したかのように、天井を見上げて動きを止めた。
「どうかしましたか?」
突然ぼんやりとするマドカに、樹が心配そうに尋ねた。
「私、幸せ!」
マドカは樹にというより、自分自身に宣言するように、ハッキリと口にした。そして、メープルシロップの海に浸る、黄金色したフレンチトーストを、再び口に運んだ。
終わり
あとがき
「幸せになりたい!」、そう思って右往左往してきたマドカは、結局『幸せ』になれたのでしょうか?
でもそれは、『幸せは「なる」ものではなく「今、感じるもの」』という文中の言葉の中にすべてが詰まっていますね(笑)
これから、マドカがどうなっていくのかは、ご想像にお任せします。樹との関係、謎のモテ期、セミナーの行末…。この物語はまだまだ続いていくのです。
僕自身、初めての「連載」という形式で物語を書き続けてきました。連載スタート時で、半分ほどできていて、あとはリアルタイムで書きながら、無事に最終話までたどり着きました。
この話は、一人のダメダメOLが、スピリチュアルや精神世界を通して成長していく、というストーリーですが、よくある「メンター系成長物語」という、導いてくれる存在がいるわけではなく、むしろメンターを反面教師としたり、出会いの中での会話や、自分自身で『ノートに感情を書く』事や、誘導瞑想ではなく、自身で感覚に意識を向ける『坐禅』により、内面から気づきや浄化が訪ずれる話です。
僕の、スピリチュアルの価値観です。誰かがやってくれるのではなくて、自分で感じ、自分で目覚めていく。
そしてなんと言っても、この小説は、スピリチュアルや自己啓発業界における、ある意味裏側を暴露した作品でもあるかもしれません。
ただ、お断りしておきますが、登場人物や団体には、特定のモデルがいるわけではなく、僕がこの業界を長く観察していて、「うーん、それってなんかおかしくない?」とちょいちょい思った事や、「あの人、実は〇〇なんですよ」という自然に耳に入る裏話などから、諸々のネガティブ要素を集結させた架空のキャラクターです。
ストーリー的には、「もっと悪党」「もっとひどいキャラ」にした方が、“勧善懲悪”でわかりやすい展開になるのは分かっていたし、そうするつもりでしたが、あえて、やや物語的には中途半端な仕上がりになってます(笑)
僕自身も書いていて、どうも彼女を憎むことはできず、やはり「幸せになって欲しい」と、思うのです。実際、誰も悪意があっておかしな言動をとったり、嘘をついて誤魔化しているわけではないですからね。
この物語は、もう少し訂正したり、加筆修正して、そのうち一冊の本になればいいなと思いつつ、ここに筆を置かせていただきます。
約半年にわたり、ずっと読んでくれた方、ほんとにありがとうございます。感想とかあったら書いてくれると嬉しいです。
大島ケンスケ
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