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幸せになりたいの #4

*好評につき、第5話まで無料掲載します!

 前回までのあらすじ

うだつの上がらない婚活アラフォーOLの『マドカ』は、幸せになるべく、スピリチュアル界のカリスマ・アラフォー女子“ピース・ラブ・キャット”こと、通称「ピーラブちゃん」の提唱する、『幸せになって恋もお金も思いのまま』になるという『押し寄せの法則』というメソッドを知り、すっかりピーラブちゃんに夢中だった。そしてついにマドカは、ピーラブちゃんのようなきらびやかな人生を自身も手に入れるべく、3ヶ月に及ぶ「ピーラブ・メソッド」のセミナーを受けると覚悟し、88万円もするセミナーの申し込みをしたのであった…

 #4 押し寄せの荒波

 セミナーに申し込んだだけで、マドカの人生は、さっそく大きな変化があった。

(こ、これが、押し寄せなの?)

 と、マドカは自分の身に起きていることに戦慄を覚えた。

 ピーラブちゃんが言うには、自分の『意識』が自分の世界を創っているとのこと。

 これはなんでもスピリチュアルとかオカルトな怪しい話ではなくて、「量子力学」とやら、そういう科学的な見地から見てもそうらしい。

 とにかく、88万円という大金を手放した瞬間から、意識が変化し、どんどん人生に変化が起こるといつかのブログで書かれていた。

 そして実際にマドカの身に、さっそく怒涛の『押し寄せ』の波が起きた。ピーラブちゃんの言う通りだった。

 しかし、その押し寄せは残念ながら、マドカにとってはかなり“最悪”に近い出来事だったのだが…


 セミナーに申し込み、入金を済ませた翌週の朝だった。マドカはいつものように会社に出社すると、社内の様子が慌ただしかった。

「柳田くん、どうしたの?」

 比較的親しくしている後輩の、柳田という男性社員にマドカは尋ねた。

「ああ…、前からうちの会社、そろそろやばいって噂あったけど、やっぱりっすよ…」

 柳田は、半笑いのような、人をどこか見下したようないつもの笑い方で言う。

「部長からのメール、見ましたか?」

 そう言われて、マドカはすぐにパソコンを開き、メールをチェックした。すると、自分を含む、30名ほどの名前が明記され、人事部長室への呼び出しだった。

「え?これって…うそ…。あたし、なんかやった?嬉しいお呼び出しって感じじゃないよね…」

 マドカがつぶやくと、

「ええ…、まあ、あまり良い知らせではないでしょうね…」

 と答えた。

「あんたは…、入ってないのね?」

「いや、オレだって、いつ人事室にお呼びにかかるなんてわかったもんじゃないっすよ~」

 と柳田は答えたが、明らかに柳田は余裕の表情だった。

 マドカを含む20数名の社員が一人一人部長室に呼ばれ、案の定「希望退職」を勧められた。

 こういうシチュエーションを、端的な言い方で表現すると、『リストラ』と呼ぶ。

 いや、世間一般的な言い方でも、『リストラ』と呼ぶのだろう。

(まじで?)

 現実感がなかった。

 テレビドラマとか、ニュースとか、そういう世界で、中年の中間管理離職が、よっぱど使えない平社員にしか起きない出来事だと思っていた。

「部長!私の、何がいけないんですか!?」

 思わずマドカは人事部長の前まで踏み込み、牙をむき出しの動物のごとく食ってかかった。この部長は、係長時代からよく知っている、気の弱い男なのだ。

 今まで、特に大きなミスもなく、中途採用とはいえ、この会社に勤めて12年。男性社員たちからちやほやされたのは最初の2、3年だったが、これでもかつてはひっきりなしに食事やデートのお誘いが来た…。

 いや、そこじゃない!

 仕事だ!仕事の話だ。

 仕事だって、大きな責任は負いたくないから特に何か大きな事をやったというわけではないけど、時間内でなら頼まれた面倒なことも引き受けたし、セクハラ課長にお茶汲みもやった。おかげで、セクハラ上司の対処法は得意になって、女子社員から相談を受けて、でも、可愛い若い女子社員にはイラっとするから、セクハラされてざまみろとか思ってしまって、でもそんな自分が嫌になって…。

(は!私は何を考えているんだ!)

 マドカは、現実を受け入れる余裕がないのか、支離滅裂な思考に陥っていた。

 頭の中で、数人の自分が一斉におしゃべりをしているような感じだ。いつもこうだ。考えている内に思考が飛散して、結果として何を考えていたのかわからなくなり、大切なことがわからなくなってしまう。

 しかし、ここまで混乱するのは、2年前に、付き合って男性の浮気の証拠を発見した時と同じくらい動揺している。

「いや~、申し訳ないねぇ」

 部長が相変わらずのちんたらした口調で話す。

「今の会社の業績だと、人員確保できないんだ…。もちろん、うちの会社だけじゃないよぉ?不況に喘いでいるのは他の会社も同じだぁ。だからこうして、今のうちに希望退職を募っているんだよぉ。決して悪い条件ではない話だぞ?な?んな?」

 部長が臭い息を吐きかけながら顔を近づけてきたので、マドカは思わず退いたが、その退いた動作が「頷いた」と思われたせいか、

「うんうん、わかってくれてうれしいよぉ」

 と部長に言われてしまった。

 これ以上食いついても判決は覆らないだろうし、明らかに自分より仕事のできる、そして、ハードな残業に耐えている屈強な社員がいるのは事実だ。さっきの柳田もそう。自分は残ってこの不況に耐えしのぐ少数精鋭部隊には入らないだろうし、入りたくもない。そもそも、別にこの会社自体に未練も執着もない。元々は結婚相手を探すために入ったようなものだったのだ…。しかし、失業…か…。

 マドカは打ちひしがれた思いで、その日の午後を過ごした。今日はどこの部署も「リストラ」の話題一色だった。聞いてみると、以前から噂はあったらしい…。
 
 マドカはすぐに『希望退職』を出した。こうなったらせめて退職金をしっかりもらおう。

『最悪の出来事は、最高の出来事への宇宙の演出よ!』 

 ピーラブちゃんはいつもそう言ってるではないか!きっと、このリストラによって、私にはさらに理想の職場と、新しい出会いが待っているのだ!と、マドカは希望を持った。

 ピーラブちゃんの書籍の付録のCDで、

『一瞬で不安が消える魔法の瞑想』を毎晩やって、少しは気が楽になった…、と、思う。思うことにした。

(もう、神様でも仏様でも、ピーラブ様でも、私を幸せにしてくれるならなんでもいい!)

 不安な気持ちを押し殺しながら、マドカはインターネットの求人サイトを毎日見ながら日々をこなした。88万円を払ってすぐに失業って…。退職金もいつまで持つかわかったもんじゃない。

 有給休暇は残ってなかったので、最後まで普通に出社し、普段より7割くらいの力加減で働いた。

 退職者への送別会があったが、翌日がいよいよピーラブメソッド・セミナーの初日だったので、送別会には顔を出さず、マドカは翌日に備えた。

「あれ?マドカさん、送別会来ないんですか?」

 柳田がそんな事を言ってくれたが、

「うん、ごめんね~、私これから、すっごく幸せになっちゃうから、それどころじゃないの」

 とマドカは答えた。それに対して柳田は、

「はあ…」

 とだけ答えた。

 もう、誰になんと思われてもいい。そもそも、柳田は一昨年に結婚している。それも8歳も年下の、ぶりっ子の胸の大きな頭の悪そうな女だ。きっと、巨乳が好きな男も、同じように頭が悪い…はずだ!

 いや、そんなことはどうでもいい!私は、幸せになりたいのだ。ピーラブ・メソッドを受けて、絶対に幸せになってやる!


つづく…

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