連載小説「幸せになりたいの!」 *5回目まで無料掲載
#1 幸せになりたいの!
「あれ?」
マドカが受付の男性に名前を伝え、目が合った時に、突然そんなリアクションをされ、
「えっと…、どこかで、お会いしませんでしったけ?」
と言われた。
マドカは答える前にその男の顔を見たが、まったく覚えはない。
ただ、その若い男性は、それほど顔に印象や個性があったわけでもないので、もしもちらっとどこかで会ったとしても、覚えていなくても不思議ではない。
「さあ…、ちょっとわからないんですけど…」
マドカはあえて露骨に、怪訝な顔と態度をしながら言った。
(新手のナンパかしら?)
ナンパだとして、いくつか自分の感情に選択がある。
1 私って魅力的?と、素直に喜ぶ。
2 私って軽く見られてる?なめんじゃねえよ!と、腹を立てる。
3 私って物欲しそうな顔でもしてる?アラフォー独身女子なめんじゃねえよゴラ!と、やはり腹を立てる。
この時のマドカの感情パターンは2と3だった。簡単に言うと腹が立ったのだ。
「すいません、なんかそんな気がしちゃって…。あ、ど、どうぞ」
マドカの後ろに列ができていることに気づき、その若い男性はマドカを中へ通した。いかにも気の利かなそうな、そして気の弱そうななよなよした、頼りなさそうな男、といった印象だった。
(私の一番苦手なタイプだ)と、マドカは思ったが、そんなことよりも、今日は自分のことに集中をしよう。
マドカは、とある講演会に来たのだった。
まさか、受付のスタッフに意味のわからないナンパのようなことをされるなんて思わなかったので、すっかりペースが狂ったが、スマートフォンの録音の準備と、メモと筆記用具を膝に置いて、会場の後ろの方の席へ座った。後ろに座ったのは、そこしか空いてなかったからだ。
講演会の開演は15時。開場時間の14時半より少し遅れてマドカは来たにも関わらず、すでにA席のチケットは行列ができていた。もっと早く来ればよかったと後悔した。
講演会の主は、なんでも望み通りに願いを叶えられる『押し寄せの法則』で話題のカリスマ・スピリチュアル女子の『ピース・ラブ・キャット』さん。
略してピーラブちゃんと呼ばれている。名前から「キャット」の部分が完全に消えているのは、猫好きのマドカにはやや解せなかったが、そこはもちろん関与するところではない。
インスタグラムのフォロワー「3万5000人」。累計書籍発行部数30万部。大人気のブロガーであり、マドカと同じアラ・フォー世代にも関わらず(実年齢は明かしてない。ただ、アラフォー世代とだけ、数年前から言っている)、若々しい美貌と、誠実でダンディーそうな旦那さんがいて(実業家らしい)、超美人の高校生の娘もいて、理想の家庭にいるのに、
『女にはいつも恋愛する権利がある!』
と公言して憚らず、外にもいつも素敵な恋人がいて…。
ピーラブちゃんのインスタを見ると、いつもラグジュアリーな場所で、おしゃれできらびやかな服に身を包まれ、男性に大切にされている姿が投稿されてる。
女の幸せを絵に書いたような女性の生き様を、SNSやブログなどで、誰でも垣間見ることができる。
(私もあんな風になりたい!)
マドカはもちろん、多くの女性をそんな風に虜にする、今話題の女性、ピーラブちゃん。
幸せに、なりたい。
マドカはここ数年、それを強く意識するようになった。何をやっても中途半端。男運もない。そんな悩めるマドカの心を勇気付けてくれたのが、ピーラブちゃんだった。
マドカはここ一年、ピーラブちゃんのことを知って、彼女の代表作の、
【女神のために男はいる】
【スピリチュアル女子のモテる魔法!】
【理想の男が怒涛の如く押し寄せる愛の法則】の三部作はもちろん、すべての書籍を読み、ブログも必ずチェックしている。
そして、ついに実物に会いに、勇気を出してやって来たのだ。
どうして話を聞きに来るだけで勇気が必要だったかと言うと、2時間話を聞く“だけ”で2万5千円という金額だからだ…。
しかし、ここはピーラブちゃんの言う“自己投資”だ。お金を手放せば手放すほど、どんどん巡ってくる、らしい…!。
そう、彼女の言うことにいわゆる「科学的根拠」なんて何もない。
「ご機嫌で過ごしていれば幸せになる」
「ありがとうと言うと、ありがとうと言われるようになる」
「自分が自分を愛すると、人から愛される」
「やりたくないことを全部やめて、やりたいことだけをやれば次元上昇する」
そんなメッセージを発信する彼女を、一部の人は『怪しい』『宗教だ』『インチキだ』という批判もあるが、そんな批判をよそに、ピーラブちゃんはエネルギッシュに幸せなオーラを振りまいている。
『恋もお金も思いのまま』
(私も、ピーラブちゃんのように、素敵な男性にラグジュアリーなホテルに連れて行ってもらえる女になるんだ!幸せになるんだ!)
マドカはそう心に決めて、2年間通って、不毛な出会いしかなかった結婚相談所での婚活を辞めて、押し寄せの法則で理想の結婚相手を手に入れようと、ピーラブちゃんの「押し寄せの法則」を実践中を実践中だった。
続く…
*この物語はフィクションです *現実の団体、個人と、なんら因果関係はありません。
サポートという「応援」。共感したり、感動したり、気づきを得たりした気持ちを、ぜひ応援へ!このサポートで、ケンスケの新たな活動へと繋げてまいります。よろしくお願いします。