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ある男の死に際の回想 #4 心に光を当てる。

人は死にます。人が死ぬとき、一体どんな心境であり、何を感じて、そして何が起きるのか?

死に直面する一人の男の思考と回想から、「死」について考える物語です。

第一話 自分が“死ぬ”ということ

第二話 最後の絶望

第三話 影の存在

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ある男の死に際の回想 #4 心に光を当てる。

・・・・・この化け物はなんて恐ろしい存在なのだろう。おそらく、S女史に関わる多くの人が、彼女を人格者で、高潔な存在と思っている。輝かしいオーラをまとい、愛と光の聖人と呼ぶ人もいるし、俺も崇拝はしてないが、彼女には特別なご加護のような、光のようなものを感じていた。

しかし、真の闇は、光そっくりに振る舞えるのだ。

だから彼女自身も自分が光だと思い、自分の抱えていた闇に対して、露とも疑っていない。自身がその闇の化け物に取り込まれていることに、まったく気づけないどころか、光のフリをした闇の存在を、むしろ超越的な神だと思い、天使だと思っていた。そして、気づくとすっかりその化け物の手先となって、欲望を満たす餌をもらいながら働かされる。

俺自身もそうだし、俺のように妖怪に取り憑かれた人間は、自分の言動を「良かれ」と思っているのが怖いところだ。自分は正義だと。自分は光だと。自分は正しいことをしていると。

だから少々の嘘やごまかしも、大きな大義と正義のために行い、それが叶えられるのだと信じていた。

影の存在は、自身の良心という真の光に蓋をかぶせ、偽物の光を放つ。世の中に溢れる正義や善、愛や光。大衆がそう思っているものの大半が、闇がそう振る舞っているだけだ。

なんてことだ…。むしろこの世界で現実的に力を持つ者の多くが、実はその背後にいる化け物の影響を受けていたのだ。

しかし、全員がそんな風になるわけではない。

水田しかり、弟もそうだし、ライバル企業のH社長もそうだ。彼らは影の化け物に取り込まれていない。

欲望をコントロールし、律し、誰しもが持つ自己価値の欠如や劣等感と正面から向き合い、自分の人生に対して真摯に生きている。彼らは大衆からは必ずしも支持されないかもしれないが、真の光の存在だ。今になって、その純粋な光を感じ取ることができる。

俺だってそうだったのだ。かつては純粋だったのだ。同じ光を放っていた。

しかし、結局俺は欲に負け、妖怪の言いなりになっていた…。そして、H社長や、水田のような純粋な光を持つ人間がいると、その眩しさが憎たらしくなるので、なんとしても排除したくなる。

しかし、その化け物だけのせいじゃない。俺自分でそれを選び、自分からその悪魔とも呼べるその存在に、身も心も差し出したのだ。富と名誉と引き換えに、自分の魂を差し出した。これを昔から“悪魔の契約”などと例えてきたのだろう。

ターニングポイントはいくつもあった。あの時、良心の声に従い、引き返せばよかったのだ。あの時、忠告を聞けばよかったのだ。あの時、違和感があった誘いを跳ね除ければよかったのだ…。

そうだ。俺は自分自身で、悪魔の声を聞いてたのだ。まったく気づかなかったわけではない。なのに、それを選んだ。自分で契約をしたのだ。契約を更新し続けたのだ。

自分の心を差し出した後は、その妖怪と自分の思考は一体化していく。妖怪の考えを「自分の考え」と思い込みながら生きることになる…。

確かに、うまい汁は吸える。人間の持つ物欲や性欲など、さまざまな快楽が思い通りになる。本当に大切なものには目を向けることなく…。

しかし、人生とはそんなものではないはずだった。

ではそうなる前の俺は、本当は、何を求めていたのだ?

俺は何のために生まれたのだ?

そんな妖怪や、化物に支配されて、自分のプライドと、底の抜けたバケツのような自己価値を満たそうとする前の、本来の自分は、一体何者だったのだ?

ああ…、若い頃はよくこうして、果てしない思想や哲学的なことを考察したものだったが、いつの頃からか、こういうことを考えなくなっていた…。

また、恐ろしい気持ちがやってきた。さっきの影と対峙した時とは違う。これは自分自身への激しい後悔だ。

息子の和樹と、その家族。妻、弟、水田…。そのほかにも、俺が切り捨ててきた人々。

俺は、許されないのではなかろうか?

死んで地獄とやらに行くのか?そこで懺悔するのか?

誰かから、しかも大切な人たちから憎まれたまま、軽蔑されたまま、許されないままこの世を去ることが、こんなにも!こんなにも悲しいのだ!苦しいのだ!今はない胸が、激しく痛むのだ!

そこでふと、眩しかった光が遠ざかり、騒がしかった音が少し静かになった。

「会長!」

「かつゆきさん!水田さんよ?来てくれたのよ?」

「父さん!しっかり!」

感覚が変わった。

一気に冷たく暗い底なし沼の中にひきづり込まれたかのような気がした。全身や、思考すらも鉛のようだ。そして痛み…。胸の痛みとか、精神的なものではない。純粋な肉体の激しい痛みが戻ってきた。なんという苦しさだ。突然、忘れていたはずの肉体の痛みや苦痛が戻って来た。

「意識が戻りました!声が通じました!」

医師が嬉しそうに言った。お前に言われるまでもないし、意識はさっきからずっとあるわ!何を喜んでいるんだ!

こんなヤブ医者のことなど構っていられない。今なら、意識と体が繋がってる今なら、お前たちに……、

「………」

「なに?かつゆきさん!」

俺は懸命に喋ろうとするが、言葉どころか、呼吸ができない。そうか、声というのは、呼吸の延長にあるのだ。呼吸がまともにできないのに、声など出るわけない。そして呼吸というのは、肺がやってると思っていたのだが、違う。全身の筋肉を使っている。筋肉が動かないから、呼吸ができないのだ。

「父さん!わかる?俺だよ?」

息子が俺の手を握っている。俺は握り返そうとするが、まったく力が入らない。しかし、息子が俺の手を強く握る刺激で、腹のあたりから脳天まで、激痛が走る。

「今、手が動いた!父さん!」

和樹、それはお前が手を引っ張るから痛みで反応しただけだ。しかし、そんなことはどうでもいい。お前に言わないといけないことがある。

俺はお前に、謝りたいのだ。全身全霊で、詫びたいのだ。懺悔したいのだ。どうすれば、俺は許されるのか?

「会長!わたしです!わかりますか?」

水田、お前にも、言わねばならないことがある。謝りたい。そして、感謝したい。

くそ!体が言うことを利かん!

「かつゆきさん!」

何より、妻に一番、謝らないとならない。俺はお前に、何もしてやれなんだな…。

痛みが、また引いていった。真っ暗だった視界に、光が戻った。呼吸も楽になった。ああ、また、肉体が遠ざかる。

「脈拍低下しました!」

看護師たちがまた騒いでいる。

なるほど、そういうことか。どうやら人は死ぬ時には、肉体の苦痛からは解放されるって聞いたことがあるが、それは本当のようだ。

しかし、肉体の苦痛は去っても、この精神は激しく落ち込んでいる。なぜならもう2度と取り返せない後悔の波がずっと俺を叩きつけるように荒れ狂っているからだ。

肉体の苦痛があるときは、肉体の苦痛のおかげで考えないで済んだ。そして、生への執着が、それらの純粋な思考を阻んでいた。だが今、純粋な思考になると、俺は後悔と懺悔に包まれている…。

そうだ。絶望だ。これが、俺に取り憑いた妖怪の最も好物のご馳走だ。俺が絶望にまみれてくたばるのを、今か今かと待っていやがる…。

俺の人生は、最後に絶望するために生まれたのだろうか?

家族を犠牲にした仕事。求めた車、家。偽りの名誉、ガラクタのような財産。そして、最後まで修復できなかった父との関係、家族との関係…。

俺はこんな惨めったらしい思いをするために生まれて来たはずではないはずだ!

では、俺は何のために生まれたのだ?

そうだ、さっきもそんな哲学的なことを考えていた。

学生の頃はさまざまな本を読んだ。ゲーテ。ヘーゲル。ニーチェなどの哲学や、仏教哲学なども学んだ。半分はカッコつけるためだったが、それなりに自分の人生を真剣に考えるいいきっかけとなった。

起業してからも『論語』などの東洋哲学もかじった。『貞観政要』という、政治と人間学と帝王学を語られた書籍などからも影響を受け、ビジネスや仕事は、やり方云々や数字ではなく、本人の人格がものを言い、徳業であると。

とにかく人生や人間というものについてよく考えたものだが、段々とそういう「人生」とか「生き方」というような、答えのない問題を考えることがなくなってしまった。ましてビジネスに関しては、そんな「在り方」よりも、マーケティングに関しての手法ばかり学んでいた。

「自分」について考えることを放棄していた。

だが今はよくわかる。自分について「考える」とうことは、誰しもの心の中の闇に、光を当てる行為なのだ。

現に今、奴らは俺に手出しできない。俺が自分の心の闇に、こうして光を当て始めているから、奴らは困り果てて、暗がりの隅っこで隠れているのだ。

なんてことだ。こうして内面に意識を向け、自分の感情や心の傷と向き合うことで、その影の存在、欲望の妖怪を跳ね除けることができる。

いや、跳ね除けるわけではないようだ…。

そうか、闇は、光が当たらないから闇なのだ。光さえ当ててしまえば、そこには何もない。そいつらは存在できない。

しかし、俺はずっと自分の人生を考えていたつもりだった。そう、四六時中、脳みそを働かせていた。

しかし、それはすべて自分の外側のことだったのだ。どうやって稼ごう。どうやって認められよう。どうやって手に入れよう。どうやって不足を満たそう。どうやって競合他社を出し抜こう…。

争うため。自己顕示欲を満たすために。スカスカの自己価値が倒れないようにつっかえ棒して、重たい鎧で身を固めるために、考えていた。

しかしこれはもう、学校教育の段階から始まっていたのではなかろうか?

常に設問を用意されて、それに正解すると報酬が与えられる。それは成績や進学へのアドバンテージであったり、他者からの承認や、社会的な承認という、さまざまな報酬であり、正解を出せないものは落ちこぼれていく。

なんということだ。人生にはそんな算数のような設問と答えなどないのに、子供の頃からそのような思考システムをすっかりと植え付けられていくのだ。これはもう洗脳ではないか…。

なるほど、ここにも闇の化け物たちの意図が働いているのだな。そうやって、政治や経済を動かして、人間を不抜けにして、自分達に光が当てられないように、常に外側に問題を与え続けるように仕向けたのだ。なんという狡猾さだ。やつらはそうやって何千年も、人間社会の裏側に寄生してきた…。

そして俺を含む多くの者が、見事にその目論みにひっかかり、結果的に心の中の闇の領域は増えていったのだ。

どうすればいいのだ?もう、俺は完全に闇に落ちている。妖怪に人生を吸い取られ、今は絶望の中で滅びゆく肉体と精神を眺めている。もう手遅れなのか?手遅れなのだろう。もう人生は戻らない。わかっている。しかし神よ、せめてもの救済はないのか?この身を焼き尽くすような絶望と、後悔などという言葉では生ぬるいこの悔やみ切れぬ罪の意識よ!

ん?神…。俺は今、神と言った。神を思った。俺が、神だと?

続く…。

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