流体力学の理想形態(完全流体)の物理を知ること -8-
流体力学で理想状態のひとつに見做される「完全流体」について。連続体と仮定した場合に、流体の接線応力(抵抗力)を無視したものとして、完全流体の定義が成されます。
流体圧力を2階のテンソルで表記した場合に、圧力のスカラー量(p)とクロネッカーのデルタ(行列的な対角成分を有値にする処理)と合わせて、次のように表現されます。
$${p_{ij}=-p\delta_{ij}}$$
今回の連載では、完全流体としての物理的な特性を中心に見ていきます。
前回はポテンシャル流の2次元問題の初歩的な考え方について確認しました。2次元問題に集約するために、新たに「複素速度ポテンシャル」を導入しました。
今回はポテンシャル流の2次元問題を適用した場合の話をします。次回を含めた話になりますが、今回は円柱(円形)に対する過程を見ていきます。
円柱に関する流れ
円柱を過ぎる一様流(速度:U)を考えます。ここに、流線方向(x軸)の負方向を向いた2次元の2重わき出しを重ね合わせます。これは円柱に対する流れ場を考える際の基本になります。
$${W=Uz+\frac{\mu}{z}}$$
ここで、わき出しの強度($${\mu}$$)を規定しまして、複素関数に$${z=re^{i\theta}}$$を追加で導入します。
$${\Phi=(Ur+\frac{\mu}{r})\textrm{cos}\theta}$$ , $${\Psi=(Ur-\frac{\mu}{r})\textrm{sin}\theta}$$
流れ関数で$${\Psi=0}$$を考慮することで、流線の形態は一定の半径(r)で二分されます。
$${r=\sqrt{\frac{\mu}{U}}}$$
以上を踏まえて、複素速度ポテンシャルを円柱の半径(a)に基づいて規定するとしたら、次のようになります。
$${W=U(z+\frac{a^2}{z})}$$
ここから、円柱表面における速度場は円上の角度に依存しますが、流速(U)に対して2倍にスケーリングされます。また、一様流に平行な方向の直径の両端はよどみ点(速度成分がゼロになる地点)となります。
次に円柱が回転する場合について考えます。同心円状に沿うように流線が形成される場合の複素速度ポテンシャルを次のように表現します。
$${W=-\frac{i\Gamma}{2\pi}\textrm{ln}(z)}$$
ここで、循環($${\Gamma}$$)を規定した上で、複素速度ポテンシャルを次のように表現します。
$${W=U(z+\frac{a^2}{z})-\frac{i\Gamma}{2\pi}\textrm{ln}(z)}$$
また、流れの複素速度は次のようになります。
$${w=\frac{dW}{dz}=U(1-\frac{a^2}{z^2})-\frac{i\Gamma}{2{\pi}z}}$$
ここから、よどみ点(速度成分がゼロになる地点)の複素座標を求めると、次のようになります。
$${z_s=\frac{i\Gamma}{4{\pi}U}{\pm}\sqrt{a^2-(\frac{\Gamma}{4{\pi}U})^2}}$$
つまり、よどみ点は最大で2箇所に分かれます。その状況分岐は上式の分数で表した項の値(1を境にした大小関係)に従い3種類になります。
また、一様流がx軸に対して角度($${\alpha}$$)だけ傾いた複素速度ポテンシャルは次のようになります。
$${W=U(ze^{-i\alpha}+\frac{{a^2}e^{i\alpha}}{z})-\frac{i\Gamma}{2\pi}\textrm{ln}(z)}$$
条件分岐としては、分数で表した項の値が1を下回る場合はよどみ点が2箇所になりますが、他の2条件においてはよどみ点は1箇所になります。
物体に働く力とモーメント
2次元の渦なしの流れで速度場が決まるとき、流れの中の物体に働く力は、物体表面上の圧力(p)の合力として表現されます。
$${\bm{F}=-\int_{C_0}p\bm{n}ds}$$
ここで、積分範囲(曲線分)は物体表面を表す閉曲線、単位法線ベクトル(n)は外向きとします。これを複素表示にすると次のようになります。
$${F_x-iF_y=-i\int_{C_0}p(dx-idy)=-i\int_{C_0}pdz^*}$$
ここで、記号(*)は複素共役を表します。
前に導出した圧力方程式を加味して力の成分表記を追求すると、次のようになります。
$${F_x-iF_y=i\rho\int_{C_0}\big\lbrack{\textrm{Re}(\frac{\partial W}{\partial t})+\frac{1}{2}|\frac{dW}{dz}|^2+\Omega}\big\rbrack{dz^*}}$$
流体が物体に及ぼす力のモーメントも同様に計算できます。原点回りのモーメントで表現すると、次のようになります。
$${M=-\frac{\rho}{2}\int_{C_0}\big\lbrack{\textrm{Re}(\frac{\partial W}{\partial t})+\frac{1}{2}|\frac{dW}{dz}|^2+\Omega}\big\rbrack{d(zz^*)}}$$
以上が2次元ポテンシャル流における力とモーメントの表現です。ここから、時間依存性が無い定常流かつ外力も存在しないとした場合を考えます。これを「ブラジウスの公式」と言います。
一様流に置かれた物体に働く力とモーメントを同公式から考えます。流れの複素速度は規定した閉曲線の外部では1価正則関数であるため、複素座標zのローラン級数に展開できます。
$${\frac{dW}{dz}=U+\frac{b_0}{z}+\frac{b_1}{z^2}+…}$$
ブラジウスの公式に従い、力を積分操作に則して求めます。被積分関数に対して積分結果はのべき乗項を除いてゼロに収束します。ここから、次のようにまとめられます。
$${F_x-iF_y=-2\pi\rho{U}b_0}$$
一方で、複素速度ポテンシャルは上記の結果まで踏まえると、次のようになります。
$${W=Uz+{b_0}\textrm{ln}(z)-\frac{b_1}{z}+…}$$
上記の右辺第2項はわき出しと渦糸(同心円状に流線が存在する場合)を重ね合わせた複素速度ポテンシャルと等価と言えます。
$${b_0=\frac{1}{2\pi}(Q-i\Gamma)}$$
ここで、わき出し量(Q)を規定しています。流体力学では、物体の受ける力について一様流に平行な方向を「抵抗」として、垂直な方向を「揚力」と考えます。ここでは、抵抗はわき出し量に依存し、揚力は循環に依存します。
円柱に働く力の導出
最後に円柱に適用した場合の働く力を考えます。ここでは非定常流を扱うことから、ブラジウスの公式は利用できません。円柱の中心座標を交えると、複素速度ポテンシャルは次のようになります。
$${W=-\frac{a^2}{z-z_0}\frac{dz_0}{dt}-\frac{i\Gamma}{2\pi}\textrm{ln}(z-z_0)}$$
ここから、先に導出した複素速度ポテンシャルを介した力の計算過程に代入します。
$${F_x-iF_y=i\rho\int_{C_0}\big\lbrack{\textrm{Re}(\frac{\partial W}{\partial t})+\frac{1}{2}|\frac{dW}{dz}|^2+\Omega}\big\rbrack{dz^*}}$$
この先の計算過程については省略しますが、最終的に運動方程式に落とし込んだ形は次の通りです。
$${(M+m)\frac{d^2z_0}{dt^2}=G+i\rho\Gamma\frac{dz_0}{dt}+\rho{a}\int_0^{2\pi}(\Omega)e^{i\theta}d\theta}$$
ここで、円柱の運動に対する流体の反作用として表される誘導質量(m)を規定しています。具体的に$${m=\rho\pi{a^2}}$$となります。
ここから更に具体的なケースとして、外力が重力だけである場合(円柱の落下方向はy軸と規定)を考えます。ポテンシャルと外力(y軸方向は虚数軸方向と同義とします)。
$${\Omega=gy}$$ , $${G=-iMg}$$
ここから、運動方程式は次のようになります。
$${(M+m)\frac{d^2z_0}{dt^2}=-i(M-m)g+i\rho\Gamma\frac{dz_0}{dt}}$$
循環が存在しない場合について、特に流体密度が円柱に比べて小さい場合は、円柱の挙動は真空中の自由落下と類似します。逆に水中のような場合は重力が上向きに働くような形になります。
循環が存在する場合について、x軸方向の直線運動と循環に依存した円運動を合成した形で挙動が表現されます。このような軌道を「コロコイド」と呼ばれます。
おわりに
今回は円柱の流れに着目して、2次元のポテンシャル流の問題を考えました。
次回は平板に対する導出過程を見ていきます。これは翼流の問題に類似した話になるため、より実践的な問題を見ることになると思います。
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最後まで読んで頂き、ありがとうございます。この記事があなたの人生の新たな気づきになれたら幸いです。今後とも宜しくお願いいたします♪♪
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