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『ゴジラ』(1954)4Kデジタルリマスター版

 これも何度観たか分からない。スクリーンで観たのもこれで3度目だ。しかしその度に、映像は格段に進化している。
 デジタルリマスターといえば10年前にも行っているものの、今回は完全な4K版。細部までよく分かるのはそうだが、前回とはまた明るさ・暗さの調整度合いが違うな、と。もうこれ以上いじくりようがないだろう。

 それはさておき、改めて鑑賞すると「とことんまでに悲劇」である。

 ゴジラに関わった人間がことごとく悲劇に巻き込まれるか、あるいは悲劇を目の当たりにしてしまう。尾形(宝田明)も恵美子(河内桃子)も、山根博士(志村喬)も、そして芹沢(平田昭彦)も、全員である。新吉少年や新聞記者の萩原もそうだろう。さらにいえば、本作の登場人物でゴジラによって命を失ったり、あるいは家族、大切な人などを亡くした人間が果たしてどれだけいるだろうか。そんな想像がいくらでも出来てしまう映画である。

 本多猪四郎監督は、そんな風に想像出来るような描写をしっかりと描いた。逃げ惑う人達、巻き込まれた人達、倒れた人達など、これでもかと映し出す。とにかく徹底していて容赦無い。無論、これらは監督本人の戦争体験が当然あったわけだが、それをゴジラという畏敬の怪物がもたらす恐怖として堂々と描き切ったところが凄いのだ。当時「ゲテモノ映画まかり通る」と評されようがその意思を貫いた本多猪四郎監督、恐るべし。

 そしてゴジラが倒された時も、人々は歓喜の声を上げない。いや、喜んでいる姿は見えているが、アナウンサーが
「この感激! この喜び! ついに勝ちました!」
と大興奮して伝えるその後ろで、大勢の取材陣が歓喜している姿が映っている。しかし彼等の声は何一つ聴こえない。本多はあえて入れなかった。
 その裏で何が起きていたか、を考えれば理由はすぐわかる。芹沢の死だ。

 芹沢は自らの研究を平和的な形で発表することを望んでいた。しかし出来なかった。大切な人である恵美子に打ち明けてしまったからだ。ゴジラが甚大な被害をもたらしても、芹沢は自ら動くことはなかった。だが恵美子は耐えられなかった。とうとうその秘密を尾形に明かしてしまった。
 では恵美子が罪深いか、とはいえない。むしろ芹沢も、自らの苦悩を恵美子にも負わせてしまった張本人である。尾形はその研究をゴジラのために使うべきと迫る。例え研究を公にしても自ら語らなければよい、と説得しようとする。しかし芹沢はこう返す。「尾形、人間というのは弱いものだよ」。
 そう、尾形は人間の弱さに気付いていない。現に、恵美子が秘密を打ち明けてしまっているからだ。恵美子の一番そばにいるはずの本人が。

 それでも芹沢は「君たちの勝利だ」と、たった一度だけその研究を公の場に出すと決意する。そして、自らの研究がどれだけのモノだったか、魂を掛けたものだったかを示すため、彼はゴジラと共に海の藻屑と化した。芹沢ははこう語りかけた。「幸福に暮らせよ」。
 だが、誰も幸福にはなっていないし、どこにも勝者はいない。魂を掛けた秘密を明かしたがために芹沢は命を落とし、その秘密を守れなかったがために恵美子は芹沢を失い、尾形もまた芹沢の「魂を掛けた覚悟」を前にしてただ「『幸福に暮らせ』って言ってたよ……」と悔しく告げるしか出来なかった。

 感激も喜びも、ここにはない。先のアナウンサーの興奮すらも、虚しく聞こえてしまう。

 怪獣が出現して倒される、という基本的な話を筋にして、どこをどう考えたらこんな悲劇を作り出せるのだろうか。改めて本作の凄さを感じた次第である。

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