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まだ東京タワーに蝋人形館があったころ

淡く幼く情けなかった忘れ去られた恋の思い出シリーズ第三回。
第一回
中学の時に告白された顔の綺麗な男の子の話
第二回
学ランを着た5歳年下の男の子のこと
第三回は歳も内容ももうちょっとだけ大人になります。

第二回の学ラン男子とのデートのもう少しあと、私はまだファミレス深夜のバイトをしていた。追いかけていたはずの夢は一層不確かなものとなり「夢追い人」という肩書を盾に言い訳しながら生きていた時代。もうすぐ半世紀の人生の中で一番暗く淀んでいた頃。

私の働く店に週に一度やってくる常連のグループがいた。陽気だが育ちは悪くなさそうな若者たちの集団。同年代だったこともあってかいつからか軽口をたたくようになり、やってくる日を楽しみにするようになった。

その中にひとり、当時の私と同じように夢を追っている男の子がいた。グループ内ではお調子者枠。おどけて周りを笑わせるタイプでみんなに好かれているような人。店に来るたびに「今度ふたりで遊びにいこーよ。」「いーよー。」という冗談を交わして10回目くらいに連絡先を交換した。「これは冗談だよ?」という予防線を張らなければいけないくらいにお互い弱かったのだと思う。まだ何物でもない私たちはできるだけ傷つきたくなかったのだ。

彼は待ち合わせにバイクできた。生まれて初めての後部座席。「お腹をしっかりもってね。」と言われ緊張して席に座る。広い背中にしがみつき、その状況とスピードに少し怖いような気持ちになる。

知らされずに着いた行先は東京タワーだった。20代半ばの決まった相手のいない男女が初めてのデートにバイクで東京タワーに行く。二人にはお金は無いけれど夢があって、冗談と優しさがあった。ありきたりな話、でも自分に起こったら運命と呼びたくなるような話。

それなのに。

現実を言ってしまえばその日のデートはパッとしないつまらないものだった。何が悪いのかその時は分からなかったし今も分からない。思っていたのとちょっと違う。そういうしかない。展望台から東京の街を眺め、お土産屋を冷やかし、始まりそうな予感も持てずに解散。ボタンを掛け違えたようなピントのぼやけた時間に、こんなことってあるのかとぼんやり思う。嫌いじゃない。外見も性格も彼の見る夢も好きだったけどどうしてなのか恋をすることはできないなと気づく。

そして私たちは客とウェイトレスの関係に戻る。相変わらず彼らの集団は週に一回店に来て「遊びにいこーよ。」「いーよ。」と冗談を言い合いながら、もう二度とふたりで会うことはないことをお互いが知っている。

私はそれからすぐに店を辞めた。彼のこととは全く関係無いけれど、夢をどうしていくのか向き合わなければならない時が来たのだ。彼は夢をどうしたのだろう。もし成し遂げているのなら調べればわかるかもしれない。でも私はやっぱり彼の顔も名前も忘れてしまったし、再会しても私には彼が分からないだろう。


そんなことが20年以上前にあったかもしれません、というお話。忘れ去られた思い出の掘り起こし「淡く幼く情けなかった恋の思い出シリーズ」3部作はこれにて完結です。思い出していて懐かしく嬉しい気持ちになりました。読んでいただきありがとうございます。

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