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【連載小説】雨がくれた時間 6.言えない心

前回の話はこちら 第5章「邂逅」
始めの話はこちら 第1章「思わぬ雨」


       6 言えない心
 
「最近、来てなかったのか? 悟の墓参り」
 私のビニール傘をさしたまま並んで歩いていた澤村が、唐突に聞いた。
 理由を深く追及されたくない一心で「時間が取れなくて」とだけ答える。
「君にしては珍しいな。どんなに忙しくても三ヶ月に一度は墓参りを欠かしてなかっただろ?」
「なんか、最近バタバタしてたのよね。ほら、結衣がちょうど受験だったし……」
「すまん。休みもほとんどあげられなかったしな……」
「そんなの、あなたのせいじゃないわよ」
 仕事が忙しいのは澤村のせいじゃない。むしろ彼は受験を控えていた結衣のためだと、早く帰れるように上司としていつも気を配ってくれていた。
「ほら、私、手際よく家事とかこなせないから。ほんとにただ余裕がなかっただけなの」
 手をひらひらと上下に振り、わざとおばさんっぽい身振りでふざけてみせた。
 早くこの話題から話をそらしたかった。
「あの様子だと一年近く来てなかったんじゃないか? 結衣ちゃんの合格報告にも行かないなんて、君らしくない。やっぱり、なにかあったんじゃないのか?」

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 澤村はなぜかこの話題にこだわって、食い下がってくる。
 口は悪いが誠実で、いつも他人への気遣いを忘れない普段の彼を考えると少し意外だった。しかし本当の理由を言うわけにもいかず、彼が納得してくれるような言い訳を探して考えを巡らせた。結果、口をついて出たのは「私にだって秘密くらいあるわよ」なんて冗談にもならないひと言だけだった。
「俺はそんなに頼りないか?」
 いつになく真剣なまなざしで言う澤村に、ギュッと胸が締めつけられる。
「なにかあるなら、言ってくれ」
 君の力になりたいんだ――澤村はそれだけ言うと、すたすたと早足で先に行ってしまう。その背中がそのままどこか遠くへ行ってしまうような気がして、慌てて「ちょっと待って」と彼の腕を取った。
「なによ、言うだけ言って逃げるみたいに」
「逃げる……って、俺には話したくないんだろ?」
「そ、そういうわけじゃないんだけど……」
「無理に話さなくていい」と澤村は穏やかに微笑む。
「ごめん」
「謝ることないだろ。俺もしつこく聞いて悪かった」と笑顔のままで言った。

 澤村は笑うと、その体格のいい見た目からは想像もつかないような優しい顔になる。
 この笑顔にこの十年どれだけ救われてきたか。
 思い出せるだけでも数え切れないほどだった。

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(続)



第7章「あがる雨」はこちら







Twitterの診断メーカー『あなたに書いてほしい物語3』
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#書き出しと終わり  から


「雨が降っていた」ではじまり 、「私にも秘密くらいある」がどこかに入って、「あなたは幸せでしたか」で終わる物語を書いてほしいです。

というお題より。

もしかしたら「あなたは幸せでしたか」では終われないかもしれない物語です。

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