【連載小説】雨がくれた時間 7.あがる雨
前回の話はこちら 第6章「言えない心」
始めの話はこちら 第1章「思わぬ雨」
7 あがる雨
気がつくと、澤村が少し歩調をゆるめてこちらを見ている。
「今日はどうしたの?」と、彼から視線をそらして言った。
「どうしたって、悟の墓参りに決まってるだろ」あっけらかんと澤村は答える。
うわずった私の声に気づいた様子はまるでなかった。
「そうじゃなくて。どうして来てくれたの? 月命日でもないのに」
「最近来てなかったからな。久しぶりに悟に会いたくなった」
なぜか照れくさそうにはにかむ澤村に、さっきよりもさらに強く胸が締めつけられる。
「百合の花とても綺麗だった」
「あいつ好きだっただろ、白い百合。……って、なんで笑うんだよ?」
「急に思い出しちゃって。昔、その白い百合が原因でケンカになったこと」
「花でケンカって……」と、あり得ないだろという表情で澤村も笑い出す。
「あの人ね、結婚記念日にはいつも真っ白な百合の花をくれるの。でもね、たまには真っ赤な薔薇とかほしいじゃない……」
「それで結婚記念日にケンカか?」
「ちょっと言っただけなのよ。『たまには違う花がいいな』って」と、声をあげて茶化すように笑う澤村を軽くにらみつけながら言う。
「そもそも君が『白い百合が好き』って言ったんだろ?」
結婚前、まだ付き合ってもいない頃にあの人から好きな花を聞かれてそう答えたことがあった。はにかみながら「俺と一緒だ」と言ったあの人の顔が、今でもはっきり脳裏に焼きついている。
そんな話まであの人が澤村にしていたのかと驚いたけれど、無二の友と呼んでも差し支えないほど強い信頼関係で結ばれていた二人のことだ、なんら不思議なことではなかった。
「たしかに『好き』って言ったけど、好きな花は百合だけじゃないもの」
「まぁ、そういうもんだよな。しかし悟らしいな。そういう生真面目というか一途っていうか……」
「融通が効かないとこ、でしょ」
「俺はそこまで言ってないぞ」
懐かしそうに笑う澤村の姿に、入社したてのあの頃、とりとめもない話でよく笑っていた私たち三人の姿が重なって見えた。
「俺とは大違いだな」
「そんなことないわよ」
「なんだ、今日はやけに優しいじゃないか」
「優しいのはいつもでしょ」
わざと膨れっ面をつくった私に、澤村は目を細めながら「そういうことにしておく」といたずらっ子のような口調で言った。
傘を打つ雨音が、いつの間にか消えていた。
(続)
第8章「彼の理由」はこちら
Twitterの診断メーカー『あなたに書いてほしい物語3』
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#書き出しと終わり から
「雨が降っていた」ではじまり 、「私にも秘密くらいある」がどこかに入って、「あなたは幸せでしたか」で終わる物語を書いてほしいです。
というお題より。
もしかしたら「あなたは幸せでしたか」では終われないかもしれない物語です。
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