見出し画像

放浪願望の「病」ワンダーラスト

前回の続きです。

酒乱の先輩の元から夜逃げした私ですが、結局、一晩川崎駅前の映画館で過ごした後、地元である山形へいったん帰ることにしました。精神的ショックが大きく、これは仕切り直しをしなければと思ったからでした。

実家に舞い戻った私の話を聞いて両親は、「だから言ったべ? そんなに世の中は甘くないんだ」と言いました。手痛い船出となってしまいましたが、私は凝りもせず、今度は情報誌で見つけた埼玉県の自動車部品工場のバイトへ行ったのです。

この仕事は夜勤だったので、最初は昼夜逆転で寝不足にもなりましたが、怖い思いもすることはなかったし、確実に旅行資金もためることができて良かったなと思いました。2カ月働いたあと、再びヨーロッパへと向かいました。

このように、私の旅は、これからずっと続いていきます。具体的な旅の話は、後日することにして、最初に出てきた病「ワンダーラスト」について少し説明しようと思います。

「ワンダーラスト Wanderlust 」という言葉を知ったのは、数年前ネット上のあるニュースサイトを見ているときでした。「頭がおかしくなるほど旅に出たくてたまらない!」という病気らしい。なんだなんだ?と思ってそのニュースをクリックしてみて、長年抱えていた悩み、あるいは、疑問がスーッと解けたような気がしました。

「ワンダーラスト」をあらためてgoogle検索すると、1982年のポール・マッカートニーの楽曲や2008年公開のマドンナ初監督映画『Filth and Wisdom』の邦題など、楽曲や映画のタイトルとして有名になっている言葉ですが、本来は英語で「旅行への強い情熱」を意味し、旅心・旅行熱・放浪願望などと訳されます。

世界人口の20%がかかっている「病気」- ワンダーラストとは?
(https://www.compathy.net/magazine/2015/08/02/a-desease-called-wanderlust/)という記事によると、

「心理学の情報サイトPsychologyblogaimeeによると、ワンダーラストは「DRD4-7R」という遺伝子に左右されるそうです。DRD4-7Rは中枢神経系に存在する神経伝達物質のドーパミンと関係しているため、この遺伝子を持っている人は平均より好奇心が強く、常にそわそわする傾向があるのだとか。
では、どのぐらいの人がこのDRD4-7Rを持っているのでしょうか? 研究によると、世界人口の20%程度と言われています。そして、移民・移住の歴史をもっている国民ほど、この遺伝子を持っている確率が高いと1999年の心理学研究で発表されました。地球上のヒトの祖先はアフリカで誕生し、その後世界中に伝播していったと考えられていますが、チェン・チャウシン博士によるとアフリカから遠く伝播していった民族のほうがDRD4-7Rを持っている傾向が強いそうです。
また、National Geographic記者のデービッド・ドブス氏もこの学説を支持しており、DND4-7Rを持っている人はリスクが好きで、挑戦心が強いため、新しい場所、食べ物、考え方や人間関係を探検する傾向があると述べています。」(ライター:Letizia Guarini)

ワンダーラストには「DRD4-7R」という遺伝子がかかわっているという。このDRD4-7Rを持っているのは世界人口の20パーセント程度。だからこの遺伝子を持っているからみんながワンダーラストになるというものでもなさそうです。

もしかしたら、ワンダーラストは東アフリカを出た人類の祖先たちから続いている病なのではないでしょうか。

かつて人類の祖先たちが、どうして食料も豊かな東アフリカから出たのかは謎です。きっと現状に満足せず、もっといい土地があると思ったから出たのではないかと思っていましたが、前出の記事にもそんふうなことが書いてあります。「リスクが好きで、挑戦心が強いため、新しい場所、食べ物、考え方や人間関係を探検する傾向がある」と。

それともうひとつ、この宇宙というものが、ビッグバーン以降、膨張するという方向にあるなら、宇宙の構成要素である人間も、人間の細胞も、人間の気持ちも、膨張の方に向かうのは不自然ではないし、むしろ当たり前ともいえます。外へ向かうことは、人間にとって必然なのかもしれないのです。

外へ向かう、旅がしたいという人類の記憶が遺伝子に刻み込まれていることは十分に考えられることです。

ただ、最近はなんでもかんでもDNAに解を求めるのもどうかなと思うし、すべてが遺伝子で決まっているということもないでしょう。明らかに環境や後天的な学習がかかわっていると思われるからです。

その疑問については、記事でも触れられています。「複雑なメカニズムによる人間の心理が遺伝子だけで説明しきれないと、断言する研究者もいます。ワンダーラストの発達には想像力も大きな役割を果たしており、親が子供に対して、どのように接するかによって、その子供の旅心に影響を与えるのだとか。」

旅に出たくなる病については、以前からブログでも何度か書いていました。「病」と表現しているところが、単に「旅好き」ではないということを意味しています。病というだけあって、とにかく、旅に出なかったら精神的に死んでしまうのです。私も完全に「ワンダーラスト」です。

たぶん、旅に出たくなることがない人が読んだら、「なんておおげさなんだ」と思われてもいるでしょう。それは若いころから自覚しているし、そう思う人たちのことは理解できます。

この記事を見つけて、私と同じような「ワンダーラスト」はたくさんいるという安心感を覚えたのでした。これが単なる「わがまま」や「無責任行動」や「逃避行為」ではなくて、「病気」ならしかたないと、言い訳できるのです。しかも今はやりのDNAなら説得力もあります。

ただ、「それ病気ですよ」と言われたとたんに楽になって病気が治ってしまうということもあるので、正直「治ってほしくない」とも思います。旅に出たくなる病気には、治らないことで精神的に安定するという「疾病利得」も絡んでいるからです。

病気ではあるのですが、それと同時に薬でもあるということなのです。病気によって、もっと重い病気を軽くするといってもいいかもしれません。それじゃぁ、もっと重い病とは何か?というと、それが一番核でもあって、なかなか言葉に表すことが難しい心の問題です。

それにしてもなんですね、この記事の最後にある文は…

「その気持ちに共感することはできないかもしれませんが、その人を大切に思うならぜひ理解してあげてください。」にはちょっと苦笑してしまいました。こんなに労わられなくても、本人たちはいたって元気なのです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?