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大人びて秋

カフェに行き、レジでアイスカフェオレをオーダーしてPayPayで支払い、その場で出来上がるのを待っていました。

カウンター内で、背の高いグラスになみなみと注がれたカフェオレが作られ、「お待たせしました!」とスタッフの方が差し出してくれました。

私はお礼を言ってそれを受け取り、目の前にあったトレイに乗せて持ち上げましたが、その瞬間強烈な違和感を覚え、それと同時に、震える小さな声が聞こえてきました。

「お客様、そちら、キャッシュトレイでございます…。」




出典:amazon





ほんま罰ゲームかおもたで?

こんな小さいトレイで、カフェオレがなみなみ注がれたグラスを運ぶなんてバケツリレー以上に無理ゲーやで、こぼすで?

ギリ、グラスの直径とキャッシュトレイの幅が一緒やったけど、明らかにバランスおかしいやん、升に入った日本酒の方がまだ安定感あるで、こぼすで?


おかしいおもてん。

自分が。

「ですねですね、いやなんかトレイ小さいなーどうやって運ぼうかなーと思ったんですよね!」

と照れ笑いしながらスタッフの方を見ると、腹筋崩壊寸前の表情でした。

もしよろしければ爆笑して下さい。

私はありえない自分の失態に小さく傷つきながら正しいトレイでカフェオレを持ち運んで椅子に座り、週末に何のお菓子を作ろうかと考え始めました。

そういえば数日前に購入したいちじくが思いのほか傷んでいたな。

産毛に覆われたやわらかな可食部は、ほんの小さな傷でみるみるうちに傷んでしまいます。

ところで前述の己の小さな傷は大丈夫だろうか。
みるみるうちに傷まないだろうか。何が。

昨年初めていちじくのお菓子作りの本を購入し、タルトやバターケーキなどチャレンジしたのですが、次のシーズンで作ってみようと保留にしていた、見たことも聞いたこともないチーズの名前が付いたケーキを焼いてみようと考えました。

『セミドライいちじくとロックフォールチーズのケーキ』

ロックフォールチーズ。

このレシピで初めてその名前を目にした時、ヨーロッパのどこか奥地の村で、険しい岩山を落ちる勢いで走り回って育った、逞しいヤギのミルクから作られた濃厚なチーズではないか、と妄想しましたが違ったという事だけお伝えしておきます。

頭の中の妄想がときどき先走るのです。

私はお店のチーズ売り場に行き、少し緊張しながらロックフォールチーズはありますかと訊ね、初めてそれを手にしました。

深いブルーグリーンの青カビと白のコントラストがとても美しく、高貴な佇まいです。

これがロックフォールチーズかと、まじまじと眺めたあと値札に目をやると、その値段の高さにマイニーズからフォールするかと思いました。

頭の中のルー大柴がときどき先走るのです。

このチーズケーキは、ロックフォールチーズ、クリームチーズ、サワークリームの三つが美味しさの要となるようです。

はい、チーズ!パシャ。



初めましてのロックフォールチーズは、少し味見をしてみます。
口に含むと独特の香りがし、強い塩分とピリッと刺激のある青カビの味がします。
ヤギのミルクというだけあってクセつよチーズですが、うんメェェェェ味わいは、一口食べただけでファンになりました。

クセつよは私か。

このままチミチミと食べたい衝動に駆られますが、ひとまずお菓子作りスタートです。

いちじくをカットして100℃のオーブンで60分程焼いて、セミドライの状態にします。
これはタルトでも経る過程なので何度も経験はあるのですが、いまだにセミドライの正解がわかりません。

果実の美味しい部分が染み出ている気がしてならない


グラハムクッキーをめん棒で細かく砕き、溶かしバターを均等に混ぜたあと、アルミの底を敷いたセルクルに詰めて冷やします。
これが土台部分となります。

砕け散った私の夢の如く


繋ぎ合わせた私の夢の如く


常温に戻したチーズ2種とサワークリームはなめらかになるまで撹拌し、グラニュー糖、卵、コーンスターチを混ぜていきます。


土台を敷き詰めたセルクルが冷えたら、カットしたセミドライいちじくを詰めていきます。

宝物は底の方へ隠す主義



その上から生地を流し入れたあと、くるみを散らして180℃で30分焼きます。

散らすというより撒き散らす系


あまりに単純な手順と工程における地味な見た目に、一体どのようなお菓子が焼き上がるのかと不安でしたが、オーブンを開けてセルクルから抜いてみると、そこには惚れ惚れするような美しいお菓子が堂々と佇んでいました。



あの日のカフェオレを彷彿とさせるグラデーション



見た目にいちじくを感じさせない潔さ


岩山を思わせたり思わせなかったりする表面と断面


大人びた存在感とその美しさはまるで、はしゃぎすぎた夏の後に訪れた、しっとりとした秋を表しているかのようです。

ひとくち口に含むと、青カビの存在感を確かに感じつつも、ほんのりとした甘味やなめらかな舌触りがそれを中和し、更にはくるみやグラハムクッキーの食感も相まってとても複雑な美味しさが実現しています。

あんなに単純な手順だったのにも関わらず、これほどまでに複雑で味わい深い美味しさになるなんて。

もしかすると私自身単純な人生を送ってきましたが、味わい深い人間性を持ち合わせているのかもしれない。


こんな終わり方で良かったでしょうか。


#日記  , #エッセイ , #スイーツ , #お菓子作り , #いちじく , #チーズケーキ , #秋


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