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ひっそりと揺るぎなくそこにあったモンブラン

姉が娘2人を連れて、3年ぶりに帰国してきてくれた。

ロシアの上空を迂回しながら、いろんな検査をクリアしながら、いつもの倍以上の時間と労力をかけて帰国してきてくれた。

3年ぶりに会う姪の1人は今年から大学生で、すっかり大人びた笑顔になっていたし、中学生になったもう1人の姪は、165㎝ある私よりもスラリと背が伸びて、aotenちゃんより高くなっちゃったと笑った。

姉は私の大好きな姉のまま、何も変わらず静かな笑顔でただいまと言った。

さまざまな社会情勢と我が家の両親情勢を鑑みて、姪の滞在は約2週間、姉の滞在は約3週間と限られたものとなり、私も出来うる限り同じ時間を過ごそうと休みを取って帰省した。

2019年までは毎年長期間帰省してくれていたので、3年ぶりの再会は本当に嬉しい。

特に2人仲の良い姪は、時に小競り合いしながらも、弾けるような笑顔で日々を過ごしてくれて、父と母に、もちろん私にも多くのエネルギーを注いでくれた。

姪が先に帰った後、姉は鮮やかな手捌きで毎日の食事を作り、洗濯をし、掃除をし、家の事を何から何までやってくれた。まだ圧迫骨折で1日の大半を寝ている母と、家事に翻弄されている父に加え、度々介助のために帰省している私をも、今だけでもサポートしようという想いが痛いほど伝わってくる。


両親が寝静まった夜、窓の外から聞こえる鈴虫の声をBGMに、畳のある居間でコーヒーを飲みながら、しっぽりと近況を話し合う。
お互いの仕事の状況、姉の住む国の話、私が住む日本の話、ハマっているYoutubeの話、最近作ったお菓子や料理、なんでもない話がいつまでも終わらない。

ぽつりと姉が言う。

「aotenちゃん、私はあっちにいて何も出来ないのにこんな事を言うのは無責任かもしれないけど、まずはaotenちゃんが疲れないようにして。1人で責任負わなくてなくていいからね。それから適宜状況を教えて、できる限りサポートするから」

もうかなり年を重ねてきたはずなのに、幼い頃からずっと憧れていた揺るぎない姉の姿がそこにあって、わがままばかり言って困らせた幼い自分が未だここに蘇ってくる。

おねえちゃんおねえちゃん、そうやって泣きながら後ろをついて回った自分のまま、成長なんて1ミリもしていない気がする。

「おねえちゃ……」


「ぎょえーーーーーー!!!!!!!」


寝静まった両親が心臓発作を起こさないか心配になるレベルの声量で、耳をつんざく姉の悲鳴が、私の声と涙と感情を遮断する。

「aotentちゃん危ない!!!!!!!」

私に対し、すぐさま立ち上がって部屋の隅に避難せよ!!!と全身を使って指示した後、ティッシュをつかみ取ったかと思うといやァァァァァと叫びながら何かを追いかけ回し、何かをキャッチする姉。

「おおおおおお姉ちゃん…何なん?」

「…aotenちゃん…しけ虫」

しけ虫とは夏の季節田舎の家によく現れる、全長3センチほどの、ちょっと見た目がアレな虫だ。

震えながら振り向いた姉の目には、うっすらと涙が溢れていた。
姉は昔から虫という虫が大大大大嫌いなのだ。

「お姉ちゃん、虫、嫌いやのによう捕まえたな…」

「だって、aotenちゃんここで布団敷いて寝るし、怖いやろうと思って…頑張って…」

私はこの一言により、前日のお昼に2匹ほど自分で捕まえた事を言えなくなってしまった。
何なら夜は小さなヤモリも捕まえたし、蛾も素手で窓の外に逃した。


それよりこの家、恐怖の館なんか。

いつも物静かで論理的思考を持ち合わせている姉の、時折見せるちょっと滑稽でチャーミングなところも昔から変わってない。

翌朝、あれからしけ虫は出なかったよと言うと、にっこり笑って良かった良かったと満足気にうなずいていた。

その日の午前中、父と姉がスーパーへ買い物に出かけ、お昼ご飯には塩分をコントロールしたミートソースパスタと、家で採れた野菜のサラダが食卓に並んだ。

父も母もとても喜んで、塩分少なくても美味しいねと言って食べていた。
確かに、玉ねぎやにんじんの甘みが引き出されていて、シンプルなのにコクがあってとても美味しかった。私が作るといつも酸味が強い。

「aotenちゃん、今日はデザート買ってきてん。これ、覚えてる?」

冷蔵庫から取り出された小さなケーキの箱を開けてみると、黄金色のモンブランが1つと、プリンが1つ入っていた。

モンブランは、昔母が毎月給料日に買ってきてくれていたケーキだった。

そのケーキ屋さんがまだ営業されている事は知っていたが、大人になってからは立ち寄る事がほとんどなかったし、想い出すこともなかった。

「これ、まだ、売ってたんや…」

「そうなんよ!私もびっくりしてさー思わず買っちゃった。」

あまりの懐かしさに、何だか胸が押し潰されそう。

このモンブランが楽しみで、母が帰ってくるのをワクワクしながら待っていた記憶。

金の紙についたクリームをぺろぺろ舐めて母から怒られた記憶。

2人の姉の栗を横取りして怒られた記憶。

モンブランがなくてショートケーキだった日に泣き叫び、家族全員から怒られた記憶。

怒られた記憶が先頭を切って溢れ出てくる。

「1個しか買ってないから、4人で分けよ!」

それはだいぶ無理あるぞ姉、でもまぁいっか。

あの頃から何も変わっていないモンブラン
そしてお皿(いつの時代や)


直径10センチにも満たないケーキを4つに切り分けて、それぞれが1口づつ頬張った。

「やっぱり1個4人で分けるのは無理あるね」
「みんな好きやからと思って、給料日はこれしか買って来てなかった気がする」
「でもたまにシュークリームの日があったなあ」

そう言って笑いながら味わった。

ちょっとパサついた生地も、甘い甘いクリームも、柔らかいトッピングの栗も、何一つ変わらない。

ひっそりと、でも揺るぎなくずっとそこに存在していたモンブランは長い時間を超えて、間違いなくその瞬間、家族の1つの結節点となった。


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