青崎衣里

仕事と人に疲れてお休みすることを決めたのを機に、以前細々と書いていた小説をまた書いてみ…

青崎衣里

仕事と人に疲れてお休みすることを決めたのを機に、以前細々と書いていた小説をまた書いてみようと思い立ちました。のんびりマイペース更新になるかと思いますが、よろしかったらご一読ください。

最近の記事

【連載小説】No,11 新世界より

 それは不思議な縁でわたしが魔道具を扱う店の主を任されてから、三ヶ月ほど経ったある日のことだった。 「すみませーん、魔物を捕獲するための道具ってありますか?」  村人Aみたいな服装の若い男性三人がやってきて、そう尋ねた。 「捕獲……ですか?」 「矢を射ても当たらないし、反撃されるし」 「罠を仕掛けても全然捕まえられないんだよ」 「この店にはめずらしい魔道具もあるって聞いたから、何かないかと思って……」  村人ABCが口々に訴えてくる。 (ずいぶんお困りのご様子で。害獣の類か

    • 【連載小説】No,10 合わせ鏡

       その日は朝からどんよりした空模様で、午後には雨予報も出ていたので洗濯ができなかった。室内干しでも一応は乾くけれど、やっぱりできればお日様で乾かしたいから。 「本当はシーツを洗いたかったんだけどなぁ」  曇天を睨んだところで仕方がない。  洗濯は明日に回そう。 「今日は特に出かける予定もないし……このあとどうしよう」  琴音は洗い終わった朝食の皿を片付けながら唸った。  すると、お気に入りのクッションでゆるりとくつろいでいたクロが「買い物は?」と訊いてきた。 「昨日行ったばっ

      • 投稿をご紹介いただきました

        お題を目にした瞬間、思い浮かんだことを素直にそのまま書き記しただけなのですが、書きながら過去を振り返り、自身の想いと改めて向き合うきっかけとなりましたので大変感謝しております。 皆様のご参考になるかどうか分かりませんが、よろしければご一読くださいませ。 拙作を選んでいただき誠にありがとうございました。

        • 【連載小説】No,9 忘れじの花

           魔道具店の主になって一週間。  奇妙な客の訪れにも少しずつ慣れてきたように思う。 「い、いらっしゃいませ」  例えば人の形はしているけれど影だけだったり、上半身はごく普通の人間なのに下半身が四つ足だったり。この世界ではありえない姿を目にすると、思わず息を吞んでしまうこともあるけれど、できるだけ態度には出さず笑顔で接客するよう心がけている。頬のあたりが多少引き攣ってるのは気のせい、気のせい。  それに、どうしても現実感が希薄になるので、毎日どこかのアトラクションで働いている

        【連載小説】No,11 新世界より

          母と観た、あの日の映画

          仕事帰りに新作のレイトショーを観に行くのが好きだった。 勤め先が繁華街の中心にあった頃は、よく一人でふらりと映画館を訪れたものだ。空いているし、曜日によっては安く観られるし、誰にも気を遣わず、そのとき観たいと思ったものを気まぐれに選んで座席のシートに背中を預ける。 月に二、三度のささやかな贅沢だった。 シネコンの数がどんどん増えて小さな映画館が廃業に追い込まれる以前は、生まれる前の古い映画なども観に行ったりした。ビデオやディスクをレンタルして自宅で観るより、映画館に出か

          母と観た、あの日の映画

          【連載小説】No,8 言霊の壺(後)

          「あ、目が覚めた? 気分はどう?」  ソファの上でゆっくりと身を起こした少女に、向かいの席から私は声をかけた。 「…………」  彼女はまだ半分夢の中にいるみたいで、ぼんやりと部屋の壁や天井を眺めている。二階は私の住居スペースだから、いきなり見ず知らずの他人の家で目覚めたら、そりゃ不思議な気分だよね。 「ちょうど今、お茶を淹れ直しているところなの。よかったら一緒にどうぞ。クッキーもあるよ」 「あ、あの……?」 「それから、これは返してもらうね」  戸惑う彼女に、私はテーブルの上

          【連載小説】No,8 言霊の壺(後)

          【連載小説】No,7 言霊の壺(前)

           魔道具店夢乃屋、営業三日目。  この日は朝から少し曇っていた。  天気予報によると、このあと次第に下り坂となり、週末には雨が降るらしい。 「明日とあさっては雨か。買い物、面倒だなぁ」  冷蔵庫の中の食材を思い返しながら数日分の献立を考える。 「よし、今夜はクリームシチューにしよう。まだ鶏肉が残ってるし」  私は朝食で使った皿を片づけると、そのまま野菜を切り始めた。  ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ。ブロッコリーも入れよう。鶏肉はひと口大に切って、まずは鍋で軽く炒める。ブロッ

          【連載小説】No,7 言霊の壺(前)

          続けることの難しさ

           私の感覚ではなかなか続かないことTOP3というとダイエット・日々の運動・日記だと思っているのですが、皆さんはいかがでしょうか。  Noteの利用者だと「いやいや、私は三行日記を毎日書いてますから」という方もいらっしゃるでしょう。あるいは「毎週ジムに通ってますよ」という方もおられるかも。昨今、健康志向が強まっていますから、コロナ禍でもランニングを継続されている方が多かったですね。  そういう方からすると、私のような「続かない派」の嘆きは単なる怠惰の言い訳にしか映らないかも

          続けることの難しさ

          【連載小説】No,6 二日目のお客様(改題:魔法の笛)(後)

           魔道具店夢乃屋は洒落た造りの洋館だけど、一般人がふらりと入れる雰囲気ではない。それに、どう見ても流行っているとは思えないから、仕事を始めるまではもっと暇な店だろうと思っていた。ところが、案外そうでもないらしい。正午になって改めて店を開けると、昨日と同じようにぽつりぽつりと客がやってきた。  魔導書を買いにきたエルフはさんざん悩んだ末に、三冊の書物と降魔用の竜の爪を購入していった。どこぞの国の貴族に仕えているという使用人風の客は、どんな料理を載せても美味しそうに見える皿をセッ

          【連載小説】No,6 二日目のお客様(改題:魔法の笛)(後)

          【連載小説】No,5 二日目のお客様(改題:魔法の笛)(前)

           営業二日目の朝。  私はスマホのアラーム音で目覚めた。 「…………朝か」  カーテンの隙間から床にこぼれ落ちている陽射しが眩しい。  今日も天気はよさそうだ。 「でも、まだ眠い…………やっぱ夜九時まで店開けてると、必然的に寝る時間も遅くなるなぁ。絶対お肌によくないよ~」  しばらくシーツに潜ってウダウダしていたが、今日は予定があることを思い出して仕方なく起き上がり、ベッドを這い出た。カーテンを引き、窓を開け放つ。  近くの電線に止まっているスズメが元気に鳴いている。  空

          【連載小説】No,5 二日目のお客様(改題:魔法の笛)(前)

          【連載小説】No,4 営業初日、無事終了

           最初のお客さんが帰った後、しばらくの間、店内に足を踏み入れる者はいなかった。  そこで私は前の店主のマダムと同じようにカウンター奥の椅子に腰かけ、たっぷり淹れたハーブティーを楽しむことにした。キッチンにはいろいろな種類の茶葉が揃っていて、選ぶのが楽しい。今日はローズヒップにした。お茶請けは近所のスーパーで安売りしていた昔懐かしい動物の形をしたビスケットだ。  とは言え、ただお茶を飲んでぼうっとしているのも暇なので、まずはクロに勧められた通り顧客名簿に目を通しておくことにした

          【連載小説】No,4 営業初日、無事終了

          【連載小説】No,3 初めてのお客様

           営業初日の午後、ドアベルの音が響くと同時に私は椅子から飛び上がっていた。   初めてのお客様だ。 「い、いらっしゃいませ!」  緊張している私とは裏腹に、その人は静かなゆったりとした足取りでカウンターに歩み寄ってきた。グレイのスーツを上品に着こなしているインテリっぽい感じの男性だ。年齢は私の父親と同じぐらいだろうか。有名私大の教授か、上場企業の管理職か。こめかみから側頭部にかけて髪に少しばかり白いものが混じっているけど、なぜかそれすらも上品に見える。  店内を見回すようす

          【連載小説】No,3 初めてのお客様

          私がnoteを始めた理由

          思い返せば、私は幼い頃から本好き、空想好きの子供でした。 幼稚園で読んでもらった絵本をいたく気に入り、何度もしつこく母に読み聞かせをおねだりしたそうです。 小学生の頃は自分でなかなか本を買うことなどできなかったので、もっぱら学校の図書館から借りてくるか、友達から回ってくる漫画を読み耽る日々。自宅に自分ひとりの部屋があって、大きな本棚が置いてある子がうらやましかったなぁ。 「星の王子さま」はそういう子から借りて読んだ記憶があります。 休みの日には自転車でしか行けない少し離れ

          私がnoteを始めた理由

          【連載小説】No,2「魔道具店夢乃屋」(改題:新しい店主)

           魔道具展夢乃屋。  表の看板には確かにそう書いてある。 「最初に見たときは、魔道具店なんて書いてなかったはずなんだけど」  いつの間にか一文字増えていた。『魔』の文字が。  家に帰って一晩寝て、起きたら、全部夢でしたってなるかと思っていたのに、そうはならなかった。翌朝、目が覚めた途端にクロがしゃべりかけてきたからだ。 「おはよう、琴音」 「お………おはよう」  店にいたときと違って頭の中に直接声が響く感じだったけど、とにかく普通に会話ができてしまった。 「今日もよく晴れ

          【連載小説】No,2「魔道具店夢乃屋」(改題:新しい店主)

          【連載小説】No,1「黒猫を飼い始めた」

           黒猫を飼い始めた。  もちろん最初は自分で飼うつもりなんてなかったけど、アパートの階段の陰でずぶ濡れになって鳴いている姿に気づいてしまったら、見ないふりをすることはできなかったのだ。せめて濡れている体を拭いてやって、引き取ってくれそうな人を探す間くらいはなんとか世話をしてみようと決めて、そっと手を伸ばした。  野良のわりに人懐こいようで、逃げる素振りはない。 「よしよし、おいで」  痩せた体はまだ小さい。きっと若い猫だ。抱き上げても軽かった。  まずは部屋に連れ帰って体を拭

          【連載小説】No,1「黒猫を飼い始めた」