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(長編童話)ダンボールの野良猫(十一・二)

 (十一・二)二人で夢を追いかけよう
 何だかんだで無事三が日が明け、失業中の響子は早速台東区の職安通い。ノラ子も世話になってばかりじゃいられないと、
「ノラ子も働くわ」
 そんなことを言い出すが、
「じゃ、あんた今迄働いたことあんの」
「ううん、全然ないよ。ママ」
 やっぱり!駄目だ、こりゃ。そこで響子は冗談半分、ノラ子をからかう。
「ノラ子は働かなくていいから、その代わり歌手になんなさい」
 ところが、真に受けたノラ子は吃驚。
「ええっ、ノラ子が歌手に」
 調子に乗った響子は、高らかに宣言する。
「そうよ、あんたなら、なれる。だってあんなに歌、上手いんだから。あの、人の心をぎゅっと鷲づかみ、激しく揺さぶって離さない美声ったら何。絶対あんた、歌手になる為に生まれて来たんだよ。目指しなさい、歌手」
「でえもお」
「わたしも応援するから」
「じゃ、ママと一緒に、ふたりで歌手になる」
 はあ、また変なこと言い出して。
「だから、わたしは無理だって。もういいおばさんなんだから」
「やだ、ママと一緒でなきゃ。ね、ふたりで一緒に目指そう、歌手。ふたりで夢、追いかけようよ」
「ゆ・め」

 夢。その言葉にはっとする響子。ちくり、ちくりっ、と胸が痛む。夢かあ。そう言えば……。過ぎ去りし青春の傷跡が、響子の胸を疼かせる。
「そう、夢よ。ママ」
 頷きながら、響子の瞳を見詰めるノラ子。無言のまま、じっと見詰め合うふたり。ノラ子は、ぎゅっと響子の手を握り締める。痛い。そして熱い。どきどき、どきどきっ……。これが青春のいたみ。忘れていたわ。すっかり、わたし。もう年を取って、疲れ切ってしまっていたから。道理で老け込む筈よね、わたしったら。
「ね、ママ」
 囁くノラ子に、うん、と頷いてみせる響子。
「よし。ノラ子と一緒に、頑張ってみるかあ」
「ママ」
「もう一遍、わたしの夢、失ったあの夢を追い掛けてみようかしら、ねえ」
 ノラ子に宣言する響子の瞳は、少女のようにきらきらと輝いていた。
 と言っても響子はただ漠然と憧れ、夢見るだけではなかった。早速具体的な動きを、思い描いていたのだった。
 目指すはあの場所、Dream Company本社ビル。清掃婦として働いていた頃、懇意にしてくれたTVディレクター浅野真理(三十三歳)。彼女に連絡を取り、ノラ子を引き合わせる。そしてノラ子の歌を聴いてもらおうという魂胆だった。

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