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ワタシと私 【親切な暗殺】

「君はパンケーキを温める?それともシロップを温める?」
私のカップに紅茶を注ぎながら、優しい笑顔の彼は尋ねた。
ワタシは何においても一人で決められない。だから黙って下を向く。

『怯えているね。
大丈夫。私の中に隠れていればいい』
誰かがワタシに語りかける。

「そんなの、どっちだって同じでしょう?」
私は笑いながら彼に言った。

ワタシは誰かに訴える。
『ワタシが隠れていることは、死んでいるも同じだよ?』
誰かはまた、語りだす。
『それは違う。生まれた時のワタシが正しい自分だとは限らない。生きていくことは、その時必要な“私”を作っていくことなのよ』

「どうした?何か考えてる?」
優しい笑顔の彼は言う。

「なーんにも。あーお腹すいた。
パンケーキが温まっていようが、シロップが温まっていようが、食べてしまえば同じことよ」

『強いね、“私”は』
いつの間にか透明な膜の中にいるワタシの声は、もう“私”には届かない。

『ねえ、自分で自分を葬ることは罪ではないの?』




[完]


#毎週ショートショートnote
に参加させていただきます。
今週のお題【親切な】×【暗殺】で書きました。

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