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小説 | ならわし (⑧)

0:15AM 

おお。やっとるな。やっとるやっとる。
何度見ても見慣れない、この光景。
酷く滑稽、なんとも不気味。
妊婦にまたがって立つ、下半身を顕にした男の姿というのは、どうしてこうも美しくないのだろう。いくら夫婦とはいえ、目のやり場に困るだろうなあ。

しかし奥さんは偉い。自分は、腰を巨大ハンマーで殴られるような痛みに耐えながら、紐を引く力を、なんとか加減してやってるのだから。
そうとも知らず夫は、こちらに尻を向けて、おろおろしている。
だがしかし。そりゃあ、そうだろう。
男からしたら、見るのも聞くのも恐ろしい。
睾丸に紐を括り付けて引っ張られるなんて。

この習わしは、いつから始まったんだか。
……ああ、そうだ。あの奥さんだ。もう亡くなったが、あの時は酷く怒って相談に来たもんだ。幼かった私もよく覚えている。

浮気、暴力。婚外子。
あの頃の私にはよく分からない言葉が並んだ。腹に子供がいるってのに、そんなに興奮して大丈夫なものかと、ひやひやした。
それにしても、俺の親父は、あれは極めて冷静だったな。相談されて、少し考えたあと、怒りをぶちまけている妊婦に言ったんだ。
「アステカ式を試してみよう」と。
しかしうちの親父ときたら、同じ男なのに、夫に対しては随分残酷なものだよなあ。
あとから聞いた話では、産婦人科医としての、単なる好奇心からだったらしいが。
それでも、結果的にはとても感謝された。
チップも弾んでもらって、試した甲斐があったと、一日中大笑いしていたな。

どうやら、アステカ式を試した夫婦の夫は、暴力的で、浮気三昧で、しょっちゅう妻を泣かせていたらしい。ところが、アステカ式で出産した後は、その……そっちの方が、すっかり勢いがなくなったらしい。
驚くのは、そっち方面が不調となった夫本人こそが、この結果を喜んだというから面白い。つまり、体の制御が効かず、いつも落ち着かない気持ちで生きてきて、それなりに本人は生きづらかったのだろう。すっきりしたと喜んでいた。

そして、その気質というのは、代々遺伝してきたものであったことがわかった。夫の父親も、そのまた父親も、浮気三昧の上に暴力まで振るう、酷い男たちだった。
しかし、あの強気な奥さんは、夫の性欲がコントロールされたと同時に、夫の暴力的な性格も穏やかになったことに気づいたんだな。
すっかり優しくなった夫と相談して、このアステカ式出産法を、一族中に流行らせたんだ。

おっと。いよいよ夫の叫び声が激しくなってきたぞ。これは奥さんが、強い陣痛に襲われている証拠だ。そろそろフィニッシュが近づいているかな。
俺にとってはこれが最後のお役目だ。
しっかりこの目に焼き付けて終わらせてやる。
さあて、いよいよ出陣だ。
生まれた赤ん坊をこの手に抱き上げ、高らかに宣言しよう。
「アステカ式出産法、これにて終了!」

歴代の男たちよ。
よく、頑張ったな。





最終話へつづく


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