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ノープラン大学生(単話.5)

朝7時、目が覚める。
クーラーはつけっぱなしである。寒い。

昨今の節電の呼びかけを無視しているわけではないが「他にもっと気をつけることあるだろう」とささやかな反抗としてエアコンは遠慮なく使わせていただいている。

大学3年の夏休みというのはサマーインターンやら就職説明会で大変忙しいらしいが、まるで他人事である。

就活やいい企業への就職を否定しているわけではない。

やりたいならそうすればいい。日本の労働基準法はガッチガチに労働者を守ってくれる。安泰である。

僕は特にやりたいことがない。今は企業の下請けでちまちまとデザインやらライティングの案件をもらっていて、不安定ではあるが一人暮らしなら問題ない。

全然すごくない。たまたまである。

従って、夏休みはまじで暇である。
朝起きて本を読んで、noteを書いて、二度寝する。起きたら昼になっていて、また本を読んで、書きたいことがあったらnoteを書く。

午後はちょっと走って筋トレをして風呂に入り、18時ごろからPCの前でYouTube鑑賞、20時には薬を飲んで眠る。

これが基本スタイルである。楽しい。

やや抽象的な話になるが
世間の大学生は忙しすぎである。

やれ、卒論だの、就活だの、説明会だの、インターンシップだの、OB訪問だのと、働くことに対して頑張りすぎである。

それが本意なら素晴らしい。尊敬だ。

しかし不本意ならば、例えば、「周りがやっているから」が動機であるならば、こんなに辛いことはないだろう。

一旦休学でもすれば良い。

自分ごとで大変恐縮であるが、2年前に休学した。
留学?インターン?そんな崇高な理由ではない。

大学を辞めたかったのだ。
やめるには親の承諾書が必要だったので言った。
そしたら猛反対。
親とバトルした結果休学に落ち着いた。冷静になれと。

親の気持ちはわかる。今では仲良しである。
ちなみに現在は親から頼まれて大学に「行ってあげてる」立場なので
行くだけで褒められる。不良は徳である。

休学中はというと、フラフラしていた。
実家からは追い出され住み込みのバイトをしていた。
詳しくはnote内のマガジン『ひとやすみ』を見てくれたらと思う。

その時、いろんな人に会った。
毎日日曜日みたいなもんだったのでフラフラっと電車で出かけたり、ネットで見つけた面白そうなシェアハウスにお邪魔したりした。

結構楽しかった。
大学に限らず集団の中にいると、どうしてもその中での常識が、世界の常識だと思い込みやすい。

大学でいうならば、「大卒じゃないとまともに生きていけない」「仕事がない」「幸せになれない」といったところか。

しかしよく考えてほしい。そんなわけねえ。

確かに年収や社会的地が高い人は大卒である場合が多いだろう。
一部の起業家を除けば間違い無いだろう。「大卒」は一種の証明書であり、採用ハードルがそのほかと比べて低いのは異論がない。

しかし所詮その程度である。
これがもし「大卒じゃないと人間としての暮らしもままならない」のが社会の現状であったら、是非とも大学に行きたい。

しかしである。そんなわけねえ。

なんだかんだ仕事はあるし、遊べるくらい豊かにもなれる。
中卒、高卒の友人がいるが普通に僕より楽しそうである。

もっと落ち着いて、周りを見たい。
社会は、特に日本は、弱者に優しいのである。生活保護もある。近所の道端で餓死している人を見たことがあるだろうか。

我々は見えない何かに急かされてはいないか。

「もっとお金を稼げ」
「いい家に住むにが幸せ」
「たくさん消費できるのが一人前」

これが自分の意志ならいい。自由である。ガンガン働いて稼ごう。
だが他に自分の幸せ、例えば発泡酒片手に漫画を読んでいる時間が最高であればそれでいい。

もっと自分のことを知ると共にそれに合わせた選択をしたいものである。

おやすみなさい。

生活費になります。食費。育ち盛りゆえ。。