見出し画像

深夜2時の遠い映画とマルボロと。

 私はおおよそ二時に仕事を終える。夜の二時だ。フリーランスのウェブデザイナーで、生活リズムが崩れやすい。夜の方が集中できるので昼間は寝て過ごし二十時ごろから取り掛かることが多く、必然的にコンビニで食事を済ませることが増えた。

 体に良くないのはわかっているものの、なかなか直らず、結局今日もコンビニで買ったサンドイッチとカフェラテをこの時間に昼食として摂っている。

 藤田からラインが来たのは二時を少し回った頃だった。「三時ごろつく」と短く簡潔に。私は「りょ」と返し、シャワーを浴びた。鏡に映る私の身体は心なしかたるんできていて、胸の位置が下がったような気がしないでもない。腹も少しぽっこりしてきた。どこまで服で誤魔化せるかな、などと考えながら乳液を顔にパシャパシャと染み込ませる、気持ち、押し込む。

 ドライヤーで髪を乾かしヘアブラシで髪を梳かす。肩まで伸びた髪が最近鬱陶しい、切ろうか悩むがその前にはまず昼間に起きている必要があるのでまだまだ伸びそうだ。カップ付きキャミソールを着て、短パンを履き、大きめの、好きなバンドのライブTシャツを着た。Tシャツの中ではギター片手にボーカルが愛を叫んでいる。

 換気扇を回し、マルボロに火をつける。ガスライターがボッと音をたて先端を青い炎が焼く。なんで風呂に入った後にタバコを吸うのか、昔付き合った男には嫌な顔をされたが藤田は聞いてこない。フィルター越しに息を吸うと肺の中がムワッと熱くなり、吐くと白い煙がファンに吸い込まれ、匂いだけが残る。彼は料理で出た煙よりもタバコを処理していることの方が多いと考えるとなんだか申し訳なくなった。

 二本目を吸い終える頃に藤田から「開けろ」とメッセージが着たので「入れ」と返した。インターホンで藤田の顔を確認し、オートロックを解除した。

「よっ」とアウトドアメーカーのジャケットを脱ぎ玄関横にかけ、上がった。くんくん、と私に顔を近づけ「吸ったな」とニヤッとした。私は「バレたか」と舌を出す。藤田は「洗面所借りるね」と言って手を洗いガラガラとうがいをして、リビングに入った。「なんか食べた?」と聞くと「肉まん」と答えた。「くまは?」と聞いたので「サンドイッチ」と答え、「あそこの?」と近所のコンビニの方向を指差した。私は頷き、「ふじはあそこの?」と彼が来た方向を指差す。「そう、坂下ったとこの」と言った。

 私はお湯を沸かしコーヒーを二人分淹れた。マグカップに粉をふた匙いれ熱湯を注ぐ。ティースプーンで軽く混ぜソファ前のテーブルに置くと「今夜は寝かさないって?」と藤田がニヤニヤしたので「キモ、変態」と睨んだ。「冗談だって、ありがとう」「茶菓子の一つでも持ってこんかい」と口を尖らせると「これは大変失礼致しました」と深々と頭を下げた。

 動画配信サービスをテレビに繋ぎ、部屋の電気を消した。ソファに二人並んで、画面を見ながら、あれがいいこれがいいとリモコンを操作する。暗い部屋にある唯一の明かり。深夜の静寂、住宅街は寝静まり、駅周りの雑居ビルが活発になり、世界が入れ替わる。

 選んだのは最近二作目が公開されたアニメ映画の一作目で、少年誌で今も連載されているタイトルだった。「再生する」を選択すると程なくして映像が流れ出した。時間が時間なので音は最小限にする。不思議なもので、深夜の最小ボリュームは昼間と比べて圧倒的に、はっきりと聞こえる。

 映画を流して三十分が過ぎた頃、少し飽きたので、藤田を視線の片隅で見た。ソファにもたれてぼんやりと画面を見ていて、私と同じように退屈しているようだった。藤田は視線に気付いたのか「なに?」と私の方を見て聞いた。その声は少しだけ甘くて、色気のようなものを孕んでいて、そういうサインだった。私は「別にー」とわざとそっけなくする。

 すると彼は体をぐいっと寄せ、ほんの一瞬だけ口づけをした。そして何事もなかったかのように画面に戻った。ボリュームは最小、街は夜、外は冬で、深夜の三時半。カーテンの隙間からわずかな街灯がそっと届く。さっきまではっきりと聞こえた映画の音が次第に遠くなる。

 藤田が私に「鍵閉まってるっけ」と聞いた。

この記事が参加している募集

#私の作品紹介

95,875件

#恋愛小説が好き

4,957件

生活費になります。食費。育ち盛りゆえ。。