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タイピング日記022 / 企画の立て方 / 村上龍

 ビジネス雑誌などで「仕事においてどんな不安を抱いていますか」というアンケートをすると、「自分には企画力が不足している」という回答が多いらしい。企画する力と基本・前提となるのは、「アイデア」だ。商品開発にしろ、宣伝やマーケティングにしろ、アイデアというのは、ふいに浮かんでくることが多い。会議などで顔をつき合わせて考えても、良いアイデアが出てくることは少ない。

『半島を出よ』という長編小説は、地下でテロを計画している精神破綻者たちが武器を持って地上に出てみると街が北朝鮮コマンドに占領されていた、という簡単なアイデアが元になっている。そのアイデアの構成要素はどこにでもある平凡なもので、「テロを計画している精神破綻者」と「北朝鮮コマンド」という、誰でも知っている二つのアイテムが組み合わされただけだ。

 つまり、アイデアは「組み合わせ」であって、発見などではない。企画を立てるときに、魅力的かつ新鮮味のある「組み合わせ」を思いつくにはどうすればいいのだろうか。組み合わせのアイテム・素材には記憶として蓄えられているデータと、新たに入手・準備した外部資料がある。記憶が、どういう風に神経細胞に刻まれて脳のどこに蓄えられているか、まだはっきりとわかっていないらしいが、一箇所に集まっているわけではなく、偏在していると考えられているようだ。

 アイデアを生む発想力というのは、偏在する膨大な記憶を徹底的に「検索」し、適したものを意識の表面に浮び上がらせる力ではないかと思うその力は筋肉と同じで鍛え続けないと退化する。そして発想力を鍛え、維持するためには、他の誰よりも「長い間集中して考え抜く」というミもフタもないやりかたしかない。だがおそらく考えている間は、アイデアは生まれてこない。脳が悲鳴を上げるまで考え抜いて、ふっとその課題から離れたとき、湖底から小さな泡が上がってくるように、アイデアの核が浮き上がってくる。つまりアイデアというものは常に直感的に浮かび上がる。しかし直感は、「長い間集中して考え抜くこと」、すなわち果てしない思考の延長線上でしか機能してくれない。


              〈村上龍「無趣味のすすめ」より〉



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