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小説らしい文章って何だろう?20230404tue285


255+1999文字+α・45min


 記事は前後する。風邪を引いたらしく風邪薬を飲んで寝た。深夜に起きて、書きたい気持ちがあって冒頭をいじっていた。推敲といえば推敲だが、これは採用はない気がする。泉鏡花だとか昔の宇治拾遺集だとか川端康成だとか村上春樹さんもそうだけど、ちょっとそういう「物語」を書く作家になりきって書いてみようか。と思ってぼんやりと書き始めた。
 すると、そういうふうな文章が勝手にするすると浮かび上がるのが不思議な感覚だった。ある意味、別の何かに成り切る。他の作家になる。演技的な書き方というか、面白い体験をした。


 序章 三月十七日(金)面接の前


■湯善納骨堂前の菜の花畑にて


 目を覚ましたとき、男は菜の花畑に倒れていた。

 鼻についた黄色い花粉を手で払い落として、男は顔をもたげた。男が乗っていた自転車はアスファルトの道の端に、スタンドが立てられた状態でちゃんと、、、、そこにあった。

 盗まれたりした物はないかと男は自らのからだのふしぶしを触ってひとつひとつ検分をする。黒いパンツは臀部(でんぶ)でつぶれた菜の花で濡(ぬ)れていた。紺色のシャツはどこも汚れていなかった。男は安心してため息をついた。それにしても、男の胸になにかひとつ釈然としないものが残った。

 いまなぜ自分はこの菜の花畑に倒れているのだ。

 男は、思考を始めるなり、それ以後に自分の頭のなかで、ぐるぐるとめぐることになるさまざまな浮遊思念について、深くかんがえる行為を、遮断(しゃだん)した。男は思考実験をする類いの人間ではなかった。それに天気が良かった。男はそのまま湿った菜の花畑のなかにあおむけになった。草の青い臭いが鼻に突いた。春の青空はおぼろ雲がわたあめのように浮かんでいて菜の花畑の額縁に入った油絵のように見える。

「この道、五十メートルさきの十字路を、高崎方面へ右折です」

 女の声が聞こえる。男はもう一度、頭をもたげる。目の前はアスファルトの道路だ。男は頭のうしろで腕を組んで菜の花畑に寝そべった。両足を広げる。それから目を瞑(つぶ)って耳を澄ませた。

 右の草陰で、シラサギ、、、、が二羽、ばさりと飛び立った。雨がふった翌日に湧(わ)いた虫柱が頭のまわりでうるさく騒(さわ)ぐ。それから足元にある自転車の向こうを、車が二台、通りすぎた。

「移動手段を、電車と徒歩に切り替えます。逆方向にむかって、そのまま三キロメートルをあるき、左へ曲がります」

 女の声は、自転車についたホルダーから聞こえる。スマホの地図アプリの女の声だった。男は、地図アプリの女の声が完全に沈黙するまで、そのままじっと春の青い空をながめていた。筋になったひこうき雲が二本、時間をずらして南で交差していった。

「妙だ。記憶の一部をどこかに落っことしてきたみたいだ」

 男は首をかしげて、青空に向かって呟(つぶや)いた。

 記憶をどこかに紛失している。

「やはり妙だ。記憶をどこかに落としている」

 もう一度、男は青空にことばを吐きだした。

 男はほんの先ほど、自分が発したことばに、自信をもつことができなかった。もしかしたら、いまこの春の菜の花畑に横たわる男のほうが、本来あるべき世界に生きている男が落とした記憶なのではないか。菜の花畑に倒れた男には、そうとも思える。そうは思ってはみたものの、実際のところ男には、この事象は自分が生きるこの世界で本当に起こった事象なのかどうか、分からない。湧いた疑念がまた形を持たぬ思考となって巡り始める。しかしながらこの事象は、男自身で自ら証明できる類の事象ではなかった。

 数秒前に、男の口から発せられたことば、輪郭も意味も保持していたはずのことばは、まるで宇宙の黒い真空を空気で溶かしたような青い空のなかに、溶けて消えていった。

 とつぜん、男に激しい頭痛が襲った。それは男が生まれてから経験したことのないほど激しい頭痛だった。男がかぶる頭がい骨に、ぴったりと収まっているはずの大脳はちぢこまって、そのすき間に、線虫が大量に孵化(ふか)して余地なくうじゃうじゃと這(は)っているようなだ! このままだとおれの脳みそは線虫に食い尽くされてしまう! これ以上をふかく想像するとおれは気が狂ってしまう! 男は恐怖に囚(とら)われた負の思考をみずから強制的に断念させるために、なんでも良いほかのことを思い描こうと試みる。急いで別のことを思い描かなければ。いま男の脳みそを虫食って占領せんとする線虫を追い出さねば。なんでも良い。消化器でもホースの水でも木刀でも揮発性の高い爆発物とライターでも女の裸の大群でもなんでも。なんでも良い。

 男は、ふるえる手を、青い大空にすじ状に浮かぶおぼろ雲に伸ばす。わたあめ状の雲をつよくつかむとそれは、切れ味がするどそうな鉈(なた)に変わった。その鉈はずっしりと重い手ごたえがある。切れ味はするどそうだ。男はそんな鉈の柄を利き手でつよくにぎって、こんどはいきおいよくみずからの盆の窪めがけて一気に振りおろした。

 どさっ。

 スイカほどの重みのある物体は菜の花畑に落っこちた。男はそれを踵(かかと)で蹴りあげると、物体は菜の花畑の奥へところがって消えた。

 時間は迫っていた。こんなところで面接に行くまいかどうか迷っている余裕はなかった。男は菜の花畑から立ち上がって、地図アプリの女の声に従って目的地に行くことに決めた。

 向かってきた高速の側道を道なりに自転車のペダルを踏み始める。すると地図アプリの女は案内方向を正しい方角にもどした。このまま走ればあと五分で目的地に到着する距離だった。青い空は、急に黒くなり始めた。

 一章 三月十七日(金)面接


後記)

 添削講座の講師(東京芸術大学の准教授)に「蒼井くんの文体は既視感がある」といわれ、それについて悩んで三ヶ月間、寝こんだ。
 自分の文章のラビリンスに迷いこんでしまい、寝こんだ末に、新聞記者出身のプロの作家に弟子入りして、文章(日本語)の基本のキを学んだ。
 結果、良かったとおもう。上記の文章の内容(たとえば思考実験する男)はある作家には似通っていると思われても文体は蒼井の独立した文章だ。といまでは自信はある。
 その点、先の一年間は無駄ではなかった。
 あとは新たなテーマとモチーフを見つけてどんどんと自分の小説を書いていけたらなとおもう(なんだか日記的な備忘録だけれど)。

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