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【小説】いかれた僕のベイビー #3


 機材の搬入も終えてのんびりする前に先に会場入りしている事務所の先輩バンドのもとへ挨拶に行く。
 昨年メジャーデビューしたそのバンドはオレの大好きなバンドで、事務所から契約の話が来た時に即決したのもこのバンドがいたからだ。
 特にギターの向井さんはオレの憧れの人で事務所に入ってからは飲みに連れて行って貰ったり、買ったは良いがあまり使わなかったエフェクター類を譲ってくれたり何かとかわいがってもらっている。

 遠慮がちに控え室を覗くとすでにステージ衣装をバッチリ身に纏った向井さんをはじめとするメンバーが全員揃っていた。

「何やってんだよフジ、普通に入って来いよ」

 すぐさま向井さんがオレに気付いて声を掛けてくれる。……あぁ、やっぱカッコいい。

「お疲れさまです……」

 普段から本当に良くして貰っているのに、憧れの人を前にするとオレはいまだに緊張してしまって上手く喋れなくなる。

「お疲れ様でーす。フジくんが遅刻しなかったおかげでライブ観れるから良かったー」

「アミちゃん久しぶり。相変わらずかわいいね、俺と付き合わない?」

「光栄ですけど遠慮しときますね、あたし彼氏出来たんで」

「マジかー、別れたらいつでも言ってね」

「はーい、別れませんけどー」

 向井さんとアミちゃんのこの気安いやりとりは最早恒例となりつつある。
 ただただ羨ましい。
 それなのに、それ以上に羨ましい事実が、その直後に判明した。

「お、潮音、今日からだっけ?」

「………はい」

 ……は?どういう事?

「え?向井さん、潮音ちゃんと知り合いなんですか?」

 完全に固まってしまったオレの代わりにアミちゃんが聞いてくれる。

「うん、従兄妹。真面目でちょっとお堅いところあるけどよく気の付く子だから仕事はちゃんと出来ると思うし、よろしくねー」

 まさか、キラキラ系でいつも笑顔で穏やかでライブでギター弾いてる時だけはちょっと俺様でバチクソカッコ良い向井さんとどう見ても真逆な新マネージャーが従兄妹だと?!
 衝撃。だけど、オレの中で新マネージャー潮音ちゃんの株が爆上がりしたのは、言うまでもない……。



 後ほど潮音ちゃんに確認したところ、向井さんのバンドのメジャーデビューとオレたちのバンドのインディーズデビュー後、想像以上に忙しくなって人手が足りず求人募集する話が出た際に、当時勤めていた会社が急に倒産して途方に暮れていた従兄妹の潮音ちゃんを向井さんが紹介したらしい。
 音楽業界未経験ながら、真面目で几帳面な性格と何より今事務所のいち押しバンドのリーダー、向井さんの推薦ということで採用されたとの事だった。

 自分たちの出番までまだ時間はある。
 メンバー全員と、潮音ちゃんと川西さんとでメジャーデビューからたった一年でメインステージに立つ向井さんたちのバンドを観ていた。

「……やっぱカッコいいな。……けどまだ、遠いな」

 あまりにも圧倒されて心の中にだけ留めるつもりだった言葉がつい漏れてしまった。
 隣にいた潮音ちゃんにばっちり聞かれてしまったようで、彼女はオレの顔をじっと見つめてくる。
 改めて顔を真正面から見たけど、その黒縁眼鏡の下のアーモンド型の瞳は意外と大きく、見つめ返すと吸い込まれてしまいそうな程に力強かった。

「……なに?」

「……いえ、行くんですよね?いずれは藤原さんたちも、あのステージに」

 当たり前の事のように、彼女は、そう言った。
 あぁ、初日にしてもうマネージャーとして完璧な煽りしてくるな。
 どこまでわかって言っているのか知らないけど、なんとなく、彼女とは上手くやっていけそうな、そんな予感がする。

「……そうだね、行くよ。オレが必ず、みんなをあのステージに連れて行く」



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