【小説】いかれた僕のベイビー #1
「……それでさぁ、ほんっと酷いんだよ、あたしの目の前であの人なんて言ったと思う?」
「…………」
「ねぇ、フジくん聞いてる?……あ、んっ…」
「………ん?あぁ、聞いてるよ、……なんて、言ったの?」
「会いに来てくれて嬉しかったよぉ、愛してるよぉ、だって、……つい数時間前にはあたしとセックスしてたくせに、きもっ。今日彼女来るとか、……はぁ……、聞いて、ないし……、んんっ……」
そういうキミは今、その数時間後にこうしてオレとセックスしてるけどね。
「……あーごめん、もう時間。そろそろ出ないといけないから、もうイッていい?」
「……ん、いいよ」
そう言って彼女は好きでもない男の首に両腕を回してただの快楽に身を委ねる。
ほんっと、理解出来ねーわ、レンアイなんて……。
「おーフジくん間に合ったー、おはよー」
「……おはよーアミちゃん。玉田は?」
「フジくん来たらすぐ出発出来るように機材積んで車で待ってくれてるよ」
「……そ、じゃ行こっか」
今日の睡眠時間約二時間、まったく回らない頭でなんとか辿り着いた事務所を出てすぐ、近くの駐車場に停めてあるハイエースの後部座席に乗り込むとオレはあっという間に意識を手放した……。
「フジくーん、もうすぐ着くよ、起きてー」
重た過ぎる瞼をどうにかして開くと一席空けてずっと隣に座っていたらしいアミちゃんが無駄にニコニコしながらオレを見ていた。
「お疲れだね、また女の子?お水飲む?」
そう言って車に積んであるクーラーボックスから冷えたペットボトルのミネラルウォーターを取り出して渡してくれる。
「……ありがと」
「フジくん、もうそろそろ控えないとそのうち痛い目見るよ」
ずっと運転してくれていたらしい玉田が運転席からそう言った。
「……相手はちゃんと選んでるって。それに、そうしなきゃいけない理由だって、いちおうあるんだから」
「まぁそれはそうかもしれないけど……」
「……何ですか?理由って」
助手席から聞き覚えの無い女の子の声がした。
「……え?ごめん、誰?」
ようやく眠気が覚めてきた。
助手席に視線を向けると黒縁の眼鏡に黒い髪の毛をきちっと一つ括りにした見るからに真面目そうな女の子が上半身だけで振り返りオレに一礼する。
「そういえばフジくん車乗るなり寝ちゃったから紹介まだだったね、今日から新しくアシスタントマネージャーになった潮音ちゃん」
あぁそういえば数日前に新しいマネージャーが付くとか言われてたな。あんまり興味なかったから忘れてた。
「折坂潮音です。よろしくお願いします」
「ふぁーい、よろしくお願いしまーす」
欠伸をしながら返事をする。
新マネージャーが若い女の子だったのは意外だけど、やっぱりまだ眠たいし変な体勢で寝てたせいか微妙に身体痛いし正直タイプでもなかったからそれ以上どうにも興味が湧かない。まぁスタッフなので興味無くていいんだけど。
だけど彼女の方はそうでもないようだ。
「あの、さっきの、理由って、なんですか?」
一度上手く流れたと思った話を蒸し返してくる。
もう、めんどくさいな。
とはいえ、新人でもマネージャーという役職なんだから担当アーティストのきな臭いプライベートはある程度把握しておく必要性はあるのか。
「……あぁ、でももう目的地着いたし、その話はまた今度ね」
今日、オレたちはずっと目標の一つにしていた、野外ロックフェスのステージについに立つ。
バンドマンの顔に切り替えるともう余計な事は考えない。
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