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大っ嫌いなのにどうしようもなく大好きになってしまったとき

やわやわなマシュマログミみたいな、もにゅもにゅしたら溶けちゃいそうなやさしい文体で書けるようになりたい。カンロのマロッシュみたいなね。上手い文章じゃなくて優秀ともいえない、読んだひとが海にぷかんと浮かぶような気持ちになれるような文体がほしい。

6月はまいとし必ずゆううつ。五月病が長引くからじゃない。6年前に大学オーケストラのせんぱいが死んじゃった月だから。せんぱいといっても私が浪人しているので同い年だし私の方が145日早く生まれている。同じオーボエという木でできた楽器を吹いていて、音大生、プロに劣らないどころか今すぐプロになれそうなくらい上手かった。

そのひとは私と驚くほど性格が似ていて、2人ともかなりの神経質で、繊細で、がんこっぽかった。朝起きれなくて大学の授業に遅刻しがちなとこも似てた。嫌いではないけど一緒に音楽活動をはじめた2014年6月あたりから彼が死ぬまでの間、口を開くたびに喧嘩していた。会うたびに喧嘩したり「君はなぜそんなこと言うの」みたいなことを言い合ったり。いろいろなことがいちいちかみ合わなかったり。

今まで会った人間のなかでは、私はいま29歳なのだけど、一番私と性格が似ていた。私はひとの表情を見て「こう考えてるのかな」と勝手に深読みしてしまう。めんどくさいひとなのだ。ただ今まで聴いたどのオーボエの音よりも好きで、理想、あこがれだった。

死ぬ前、最後に対面で会話したのは2016年12月17日とかだったとおもう。29年間生きてて家の外でこんだけ本気でひとと喧嘩したのはこのときだけだった。どう考えても私が悪いのに口ごたえした。あまりにも自分の生きるうえでの自覚がないのに気づかなくて、それにやっと気づいた2018年4月に本人にメッセンジャーで謝った。

私が悪いのになぜか相手も敬語で謝っていてどうしたんだろうと思った。その2カ月後に死んでしまった。いなくなった理由が分からなくて。いなくなっても、まわりがわたしにあえて知らせなかったのだろう。死後1カ月して、私はオーケストラ同期グループLINEで、元部長からのお知らせを見て初めて知った。

喧嘩したときあのひとに「嫌いだよ」と面と向かって言われた。あのときすでに私は恋ではない、ひととして大好きだった。嫌いなのに大好きだった。できればあまり顔を合わせたくなかった。

ことしに入ってから電話占いをつかってそのひとの気持ちを聞いた。「せんぱいはあなたと気が合うと思っていたみたい。もっと仲良くしたかったって。大好きって」、と言われてよく分からない気持ちになった。いまさら言われてもなぁ。どうにかしてくれよ。いま言うなよ。

死んだひとに「大好き」って言われても困るのだよ。このひとが生きていたらと何度も考えるよ。来世でまた会いたいよ。

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