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随想録

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随想の記録。著者は高波碧/日比野京。
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2023年8月の記事一覧

力の満ち引き。

力の満ち引き。

人が自らの行動を自由に決めることができたとしたら、一体、人々はどのような尺度で持ってそれを決定していくのだろうか。ある人は「正/邪」という対語における「正」の方を選ぶという。またある人は「愛/孤独」という対語における「愛」の方を選ぶという。またある人は「正義/不義」という対語における「正義」の方を選ぶという。なるほど、どれも立派なものだ。けれども困ったことに、僕にはそういった克明な形での尺度という

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眸と瞼。

眸と瞼。

以前、砂漠みたいな東京の渇いた空気から抜けてみたくて、ずっとずっと歩いて1人で江ノ島まで行ったことがある。六月のことだった。脚がくたびれて、意識も遠くに攫われかけそうになりながら巨大な夕景の方へひたすらに歩いて行った。はしゃぐ人の声が弥立つ砂浜の方へ。砂浜についてイヤホンを外すと、びっくりするほど大きな波の響きが立ち上がって僕を包み込んだ。ふと、くたびれて焦点も合わなくなった眸を響きの方へ向ける。

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祈りと医術の文学。

祈りと医術の文学。

京は和歌が好きだった。そのせいか、京の言葉にはいつもかろやかなスピード感と彫琢された表現とが織り合わされていて、さらりとした語調とリズミカルな響きもふくめてどこか薫風のなつかしさに似たような深みがあった。行儀良くならべられた言葉たちには一切の無駄がなく、それらはまさに和歌のような文藝で、だからだろう、京の文章はどのような歳のどのような人にとっても同じく非時間・非人称の真新しい驚きを与えた。僕も例外

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