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指先から満ちてゆく


 どこまでも日々は積み重なっていくもので、その中に体調がいい時もあれば良くない時もあり、泣きそうになるくらいに痛んだ頭痛も二日経てばなんとか収まり、ちょっと濃いめのラーメンが食べられるほどに元気にもなれたりしていて、毎日毎日、思うようにいくことといかないこととがあって、過ごしているとやっぱり、平和でいられることが一番であるというか、大きな困難などなるべくなければいいのになあ、と思う。もしぶつかったとしても、ずうっとこれくらいの、どうにか乗り越えられるくらいの、ちゃんと考えれば、ちゃんと言葉にすれば、ちゃんと行動に移すことができればどうにかなるような苦労とかしんどさとかであってくれたらなあ。人生を変えてしまうような大きなものを失うとか、傷を負うとか、なるだけなければいいのにな、と思う。思うってことは、「そうなるかもしれない」といった不安を想像するからであって、怖いと思うから、そうならないで欲しいと思うのだった。
それは、こうしてあらゆることに対して小さくも大きくも幸福を感じると、その反対のことに想像力ち時間を費やしてしまうのは小さな頃からよくやっていたことだった、そうじゃないと何か人生の、今あるちょうど良いバランスを失ってしまうようで、不幸を想像するとその均衡が保てるような気がしていた。しかし実際本当に辛い時もあって、絶望だと感じたこともあって、生きるのが嫌だと思ったことも何百回も何千回もあって、それを無表情で、頭の中だけで思い出す時間すらも、積み重ねてきた日々の中にあって、平穏の中で行えていることを、素直にありがたいと思う。別に私はいい人ではないし、冷たい時もあるし、嫌いな人もいるし、嘘をつく時だってあるけれど、誰かと比べるくらいならば、自分をもっと、今あるものをもっと、大事に、愛していきたいと思えるようになれたのだから、このまま、どうか、いい人間に擬態できればいいと思うのだった、

 そんなふうに思えるのも、良い本と出会えたからであって、島田潤一郎さんの『長い読書』がそうで、まだ全部読めていないけれど、自分の中の、真ん中の方の、忘れていた気持ちだとか、過ぎ去った日々の中で車窓を一瞬で通り過ぎるカーブミラーの存在感くらいの、ピッとした記憶が蘇って、なんだかとても居心地というか読み心地が良く、ずうっと読んでいたいなと思うのだった、優しい文章っていいなあ。優しくなれるからいい。今なら自分が自分であることを素直に受け止めて認めることができるぞ、って自信に繋がる感じになれるのは、島田さんの言葉がそれだけ素直だというのが文面から感じ取れるから。嬉しい気持ちになるというより、ありがたい気持ちになるし、たった2回ほどしかお話をしたことがないけれども、あの時感じ取った空気感ともブレがなく、やあ、自分にとっての良い人の書くことばはこんなにも美しく感じるものなのだなあ、と新しい発見もあるのだった。
今の自分が何を読んでいるとかについて、リアルタイムで紹介することも、読了も、ひと月で読んだ本についても、書かなくなったけれども、書かなくなったからって私の中から読書が消えたわけでもないし、私は何も失ってなどいなくて、ただ一つ言えるのは、「本しかなかった」生活ではなくなったから、私から本を取られても、生きていけるようになれたから、密接していることを記録しておく必要がなくなったのだな、ということだろう。でも、この『長い読書』は、これから先も私の日々にそっと寄り添ってくれる様な気がしていて、きっとこの予感は間違いがないことだから、素直に文字にしておきたくなったのだった。

 そして、この本を読もうと思った時に読めるラッキーさも含め、良い本をちゃんと用意してくれる本屋さんが近くにあることも嬉しく、地元にある「まるとしかく」さんは優しさと自然に包まれたよい本屋さんだと思うので、もし私が地元にずっと暮らす人であったなら、もっと足繁く通ったと思う。地元を離れて仕事終わりに寄るという距離感になってしまったのもまた一つの縁であるけれど、その縁の中でも、店主の内田さんとはいつでも楽しくおしゃべりができ、猫のサニーは可愛く、「ああ良い本屋さんが地元にあって嬉しい」といつも思えるのだった。そして置いてくれている本は私にとってはしっとりと手に馴染んでくれそうなものばかりで、また新しく仕入れてくれる本もまた、「こんな良いタイミングで仕入れてくれて・・・私のためか・・・?」と盛大な勘違いを犯してしまいそうになる程いいときに置いてくれるのでありがたい限りである。きっとだけれど、そうして好きな本屋さんとは、どんどん距離が近くなっていくのだな、と思う。この積み重ねがより、良い距離感と、良いラッキーを運んでくれる様になるのだなと。

 最近は、周りの人の優しさが余計に沁みる。なんかもう優しい人しかいないというか、そういう、居心地の良い人たちばかりが近くにいてくれているなあと思う。だからこそ作品を書いていこうと思えるし、できるだけ長く、大きな困難などなく、平穏に過ごして行けたらいいなと思うのだ。

 こうやって、生活と、本と、好きな人たちと、優しく結ばれていく日々に、いつまでも嬉しさと感謝を感じていられるよう、地に足をつけて生きていきたい。

 

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