見出し画像

【掌編小説】塵

 都会は人が塵の様にいる。人はそもそも塵の様なものなのに、わざわざ窮屈なところに詰めて、それはさながらゴミ出しを逃してしまった後のゴミ箱だ。
 仕事が終わらない。終わればまた新しい仕事がくるから本当に終わりはこない。不満ばかりが募る。やりたいことしたい。でも、やりたいことをしたときに感じた抱いていた妄想と現実との差異が唯一心を保とうと繋いでいる糸を少しずつ削いでいく。そもそもそんなにやりたいことなんてない。夢とか希望とか、どんなだっけ? 仕事仲間も所詮は他人で僕のことを本当に思っているのは僕だけだ。人は各々大事な人と大事な生活を築いていく。僕は自分が可愛いだけで、きっと他人を心からなんて想えない。それは見透かされているから、皆僕を大事になんかしない。簡単な話さ。
 ムクムクムクムク怒りと苛立ちと淋しさと寂しさとを溜め込んで心が叫ぼうとしている。
 叫べば?
 そんなことに意味はないけど。
 都会にいると本当に人を人と感じないことがある。それぞれ生活があって、大事なものを抱えて生きてるのに、他人は他人。関係ないし、見ず知らずの人とわざわざ関係を築くのは少々リスキーだ。それはもう、物。そこにあるのは物だった。
 弁当屋の弁当を買って今日は済ませる。弁当屋の看板や弁当には「お弁当」と書いてある。何故だかそんなことに心が揺らいで少しだけ涙腺の奥の方がジュッといった。
「『お』弁当」
 そんな経営者視線の優しさにすら意識を殴られる己に本当に弱ってしまったんだなと思った。
 アパートに着くと弁当を食べた。満たされないよ、そんなんじゃ。
 腹は膨れて何かをするかと、随分と散らかった部屋を見渡す。部屋干しされたままの服とそれが乾いた途端に地べたに積み重ねられる服。読み掛けの小説は積み重なっていてどれ一つ読み終わっていない。
 生活から生まれ落ちた副流煙の様な煙たさに覆われた部屋にも、捨てられないものがある。二年前彼女が置いていった花瓶だ。
 花はもう刺していない。あれはたぶん愛されていた。僕が唯一愛された一時だった。でも、僕は自分が可愛いから、彼女を大事にできなかった。
 自分より好きな自分の要素をたくさん含んだ人ならばとも思うけれど、こんな駄目駄目な僕の長所を上回られたら、それは羨望になるのか嫉妬になるのか分からない。どちらもか? でもだけど、たぶん上手くいかない。まぁ、少なくとも僕より素敵な女性なんだから僕なんか相手にしない。
 手紙を読む。彼女が僕を捨てたときの手紙だ。優しさと思い出と、もう背負いきれないがドバドバと零れ落ちていた。唯一貰えた愛情は宝物だけど、上手くいかないのは分かってるから、もう要らないって心底思える自分をサイコパスだと思った。
 なのに手紙も花瓶も捨てないんだ、とも思う。
 小さな小さな幸せを感じ取れない僕には幸せはやってこない。これはたぶん合っている。いや、違うか。絶対にだ。
 次のゴミの日には出さなきゃいけないこんな感性。でも、いつも気付くとゴミの日は過ぎていて、オーバーに比喩表現すればこの部屋はゴミ屋敷だ。
 気付いている、僕も塵なんだ。
 何曜日のゴミだろう? いったいいつまでこの生活を続ければいい?
 助けてくれ。
 愛してくれ。
 それは無理なんだからこの抱えきれない気持ちごといっそ、

 灰にしてくれよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?