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エンジニアがコンサルになって困ったこと EP2


はじめに

おはこんばんちは〜
ひょっとこです。

はい、昨日の続きを投稿していこうと思います。
コンサルになってからの苦労は色々とあったので、そこら辺をまとめていきます。

コンサル入社から最初の案件での失敗

昨日の続きからで、コンサルに転職をした後の話をしていきます。
私が入社したコンサルティングファームでは、入社時研修がありかなり手厚いファームでした。
珍しいですよね、ちゃんと研修してくれるファームって(笑)

コンサルに入社してから研修を2週間くらい受けたのですが、内容としてはロジカルシンキング、ファシリテーション、インタビュー… etcといったコンサルに必要なスキルを一通り学べる感じでした。
会社としても人を育てようという意思がある環境でしたね。(現場と部署の考えが、会社と必ずしも一致しているとは限りませんがね…)

研修が終わってから、最初にアサインされた案件でシステムの基本設計を担当することになるのですが… 最初の案件でかなり揉めたのを今でも覚えてます(苦笑)

当初の話では特定部門の担当者として要件定義を担当させていただくという条件でアサインされたはずでした。
実際に現場に行ってみると全体の共通部品を作成する共通チームにアサインされるという話になっており、部署間で正しい情報伝達ができていなかったみたいです。
この時はだいぶ揉めましたよ…
クライアントと直接やりとりができる立場で仕事ができると思って現場に行ったのに、社内の人と調整がメインの共通チームに配属されるとなると何しにこのプロジェクトに来たんだか当時は思っていました。
察しの言い方は、この時点で嫌な予感がしてますよね…

で、基本設計が始まったのですが…蓋を開けてみると要件定義がボロボロすぎて、基本設計どころではない大炎上状態でした。
後から聞いてわかったのですが、要件定義をしたのは他のコンサルだったらしいですがあれは酷かった…

3ヶ月くらい現場にいたのですが、右往左往したりハードワークの連続で心身が疲れていました…
当時の自分が出来なさすぎて、先輩から詰められたは今でも忘れられない思い出です。(仕事ができなかった自分が悪いので、特に恨んでいるわけではないですよ。 本当ですよ(笑))

体調も限界が近かったので、上司の方と相談して現場から抜けることになりました。
今思うと、夜中に目をさます症状や会社に向かう際にめまいがする等の症状がでていたので、鬱病の一歩手前くらいだったんでしょうね…

こんな感じで、最初にアサインされた案件では何もいいところがなく終わることとなりました。
自分の実力のなさを実感した3ヶ月間でした。

人生の転機、師匠との出会い

1つ目の案件で心身ともにすり減ってしまった私は、1ヶ月くらい次の案件が決まらずアベイラブルという社内ニート期間に突入します。
今思うと結構恥ずかしい話ですが、まごうことなき社内ニートでしたね(苦笑)

で、1ヶ月くらいの社内ニート期間を過ごしつつ、次の案件にアサインされることが決まりました。
これが自分の人生の転機だったなと今でも思っています。

今度の案件は、開発〜リリースというエンジニア時代に経験した内容でした。
4ヶ月くらいで開発をやり遂げて別の案件に行く予定だったのですが…そのプロジェクトにいた先任者がプロジェクトから抜けるため引き継いで欲しいと言われプロジェクトに残ることにしました。

このプロジェクトに残る選択をしたことが、自分のスキルを劇的に向上させることになろうとは、この時の私は知るよしもありませんでした…

このプロジェクトがどんなプロジェクトだったかと言うと、システムの保守開発案件という立て付けだったのですが…
実際は新機能の開発はバンバンやるわ、サーバーのリプレイスはやるわ、要件定義〜リリース・一部保守まで2人でぶん回す状態だわで、保守開発とは?という案件だったのです(笑)
元々はBEのエンジニアだったのですが、このプロジェクトでやれることの幅がかなり広がりましたよ…本当に

色々と書きましたがクライアントの担当者様は優しい方だったし、師匠も優しい方(仕事以外は)だったので大好きな案件でした。
プロジェクトには、3年くらいいたのですが師匠から言われたことを今でも大切にしています。

最初の1年くらいは仕事ができずにかなり苦労しました。
師匠から常々言われていたのは、「どうすればいいかを聞きにくるな、お前が考えるベストな答えをもってこい」ということでした。

これ、かなり重要なことを言っていて、エンジニアからコンサルになった際に考え方を切り替えなければならない重要なポイントなんですよ。

特に受託開発をしているエンジニアは、誰かが思い描いたものを実現するのが仕事になります。
軍人思考とでも呼べばいいのでしょうか、誰かの指示がないと判断ができないのです。

それに対してコンサルに必要な考え方は、作戦を立案・決定する軍師思考と呼ぶべき思考が必要になります。

キングダムで表現するとこんな感じのイメージです。

  • 軍人思考:初期の信(エンジニア)

    • 軍師が思い描いた戦略・戦術を現場で実現する。

  • 軍師思考:李牧(コンサル)

    • 戦略・戦術を描いて、現場に落とし込み実現させる。

はい、役割も必要な考え方も全く違いますよね。
プロジェクトの人数が少なかったので、初期の信と李牧の仕事を両方とも自分でやっていたのですが師匠が言いたかったのは、お前は戦略を思い描く側の人間になったんだから自分で最高の戦略・戦術を思い描いてこいということだったのだと思います。
人に聞いている内はプロフェッショナルじゃないということも、よく言われたのはいい思い出です。

また、コンサルタントとしての姿勢も師匠からかなり学びました。
自分が任された仕事はどんな状況からでも必ず完遂しろ」という姿勢を、師匠が見せてくれたので、プロフェッショナルを体現するとこんな感じなんだろうと学ばせていただきました。
自分も3年目の最後あたりになると、「任された仕事は必ず完遂する」となっていたので、師匠の姿から学んだんだろうなとしみじみ思います。

これが、エンジニア時代になかった考え方で、コンサルを目指す方がいればここら辺の考え方も切り替える必要があります。
クライアントに高額な金額を請求するので、当たり前といえば当たり前なのですがね。

本当に色々と経験させていただいた3年間でした。
コンサル+エンジニア+ベンチャーみたいなとんでも環境でしたが、とにかくチャレンジして何としてでも結果を出す精神が身についた3年間でした。

3年経ったタイミングで、これまでのハードワークと限界までの自己研鑽で休職することになり、プロジェクトを離れることになりました。
途中で離れることになってしまいクライアントや師匠には迷惑をかけてしまったのだけが心残りでした。

おわりに

振り返ってみると、いばらの道を走り抜けてきたなと我ながら思いました。
まだ、コンサル3年目までの話なのでラスト1年分の話はEP3で紹介しますね。

仕事で関わっていただいた方にはとても感謝しています。
特に師匠には仕事ができなかった自分を放り投げずに面倒を見てもらっ他ので頭もあがりません。

また、機会があれば飲みに行きたいなと思いつつ、本日の記事はここまでとさせていただきます。
また次回の記事でお会いしましょう!!

皆様も良い週末を〜
私も良い週末を過ごします。

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