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Cine-File Vol. 8 - She Said シー・セッド

こんにちは、あんなです。
日本では今年1月から上映している映画『She Said』を、先日やっと見に行くことができました。

本作は、映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの性加害問題を摘発し、#MeToo運動のきっかけとなったニューヨークタイムズ(NYT)の記事が、どう作りあげられていったのかを追う映画です。

主人公はNYTで働く女性記者二人:キャリー・マリガン演じるミーガン・トゥーイーと、ゾーイ・カザン演じるジョディ・カンター。キャリー・マリガンは『プロミシング・ヤング・ウーマン』で主役をしていたこともあり、出演作品の選択に意志を感じます。

ゾーイ・カザン(左)とキャリー・マリガン(右)
The Guardianより

あらすじ

捜査は、垂れ込みから始まります。ジョディのもとに、女優のローズ・マクゴーワンがワインスタインにレイプされたという情報が入ってきます。すぐに連絡したジョディ。ローズは取材を断りますが、別の女性の名前をあげます。そこから芋づる式に、ワインスタインの被害に遭った女性たちが出てきますが、誰も公に証言をしてくれる人はいません。

ミーガンはトランプの性加害問題を追う記事を執筆した経験がある先輩記者。しかし、それによって「殺してやる」「お前はフェミニストか?」と嫌がらせを受ける日々。妊娠・出産を経験する最中、容赦ないミソジニストからの攻撃に耐え、産後鬱が見え隠れします。「あの記事を書いても、結局トランプは当選した」と希望を失うミーガン。そんな中産休が終了し、仕事復帰と共に、ジョディの操作に加わります。

二人組みで操作は続き、情報を少しずつ集めていくなかで、ワインスタインの悪事が会社や権力者の力によって構造的に可能とされていた事に気づき始めます。

何も告発しないホテル・ペニンシュラ。
不可解にも問題を不起訴とした検事。
なかなか数字を教えてくれない捜査機関。
ニコニコ笑うも、内部事情に口を濁す弁護士や役員たち。

これらは、20代前半の被害者たちが乗り越えるにはあまりにも大きすぎる壁だったのです。

極め付けには、被害者女性たちは、秘密保持契約を結ばされていたのです。
事を公にしたくても、もし名前を出してしまったら多額の訴訟が待っています。ワインスタインからの加害後、映画業界を追放されたも同然の彼女たちは、そんなリスクを取ることがなかなかできません。

しかしミーガンとジョディの根気強い捜査の結果、勇気ある女性たちが「自分の名前を使っても良い」と証言してくれます。中でも唯一秘密保持契約にサインをしなかったローラが、キーパーソンになります。

そして2017年10月、世界的なムーブメントを起こすきっかけとなったあの記事が公になったのです。

同じことを繰り返さない:次世代のために

映画全体を通じて感じるメッセージは、性加害という繰り返される魔物から次世代を守る、というテーマです。

映画の節々で「母と娘」という描写が出てきます。
記者のジョディとミーガンも娘をもつ母親です。取材を通して知る女性たちの悲痛な声と対照的に、まだそれを経験していない娘たちの無邪気さが家庭にはあります。

印象的なシーンの一つに、ジョディが小学校低学年の長女と仕事の話しをするシーンがあります。「今はなんのお仕事をしてるの?強盗?」と聞く長女。ジョディは「大きくなったら教えてあげる」と答えますが、それに対して長女は「レイプ?」とストレートに聞きます。驚いたジョディが「その言葉、どこで知ったの?」と聞くと、「学校でみんな言ってるよ、男の子も。」と答える長女。おそらくその言葉が意味することを理解していない・できない年齢でも、既に「レイプ」という単語が子どもたちの間に存在している、ということが現れているシーンでした。

「母と娘」の描写は記者たちに限らず、被害者もそうです。
ワインスタイン被害者の一人のローラ・マッデンは、乳がんが発覚し、乳房切除術を医者に勧められている頃に、NYTからインタビューの依頼がきます。NYTからの電話を何度か断るも、ワインスタイン側から口止めの連絡が来たことで、話すことを決意します。

彼女が被害に遭ったのは、20代前半。映画冒頭で出てくる少女は彼女です。
子どもたちと出かけたバカンス先でジョディのインタビューを受けるローラ。「性被害によって、人生の方向が変わってしまった」と涙ぐむ彼女。
その次のセリフがとても印象的でした。

「まだ人生の生き方を見つけようとしていた時だった。」

どの年齢でも性被害に遭う可能性があります。しかし、その被害は若年層に集中しているのが事実です。そもそもなぜ若い女性がターゲットにされるのか。それは彼女たちの「無垢さ」を利用するのが容易いというのを、加害者が熟知しているからです。

ローラは二十歳頃に華やかな映画界の仕事を得ることができ、ワインスタインからロンドンでの仕事のオファーを受けます。「君はよく頑張ってるね」と、映画界の巨匠に言われて舞い上がるローラ。これから自分も、映画界で仕事をするんだ!と、一生懸命仕事に取り組みます。

しかし、ワインスタインはそれを利用します。
彼女をホテルに呼び出し、「マッサージをしてくれ」と言います。断る彼女に「これは仕事の一環だ。アシスタントはみんなしている。」と言います。

「その時恥ずかしくなったんです。私が勝手に彼の言葉を性的に受け取ってしまったと。」と話すローラ。何がノーマルかまだわからない新米女性を狙うワインスタイン。そうか、これは普通なのか、仕事なのか、と彼に言われるがままローラは肩を揉もうとしますが、なかなか触ることができません。そこからどんどん彼の要求はエスカレートし、数十年経った今もトラウマとして残るような経験をします。

ローラ・マッデンと子どもたち

被害者女性たちは皆、その後映画界での仕事の機会を失ってしまいます。「生き方を見つけようとしていた時に」「これからキャリアを築こうとしていた時に」ワインスタインの被害にあった彼女たち。彼女たちの未来への希望とやる気を利用した彼の手口は、邪悪さが際立ちます。そこから何十年も経った今でも、少女の頃の傷を持ちながら彼女たちは生きています。

母親として描かれる彼女たちも、かつては無邪気な少女たちだった。
それを繰り返さないために、勇気を出した女性たちのおかげで、NYTの記事は書き上がります。

法制度への痛烈批判

NYTの記事が書かれたのは2017年ですが、ワインスタインの性被害が始まったのは、遅くても1990年。なぜ、約20年もの間彼の悪行は止められなかったのか。

その理由の一つとして、本作では法制度への痛烈な批判がされています。

性被害に遭った女性たちは、何もアクションを起こしていない訳ではありません。会社に報告する。弁護士に相談する。各々何かしらの形で、被害を訴えます。しかし、性犯罪は起訴されにくい。裁判になっても時間がかかる。実名と被害が公になってしまう。相談する先々で「示談にした方が良い」と言われます。

思い出したくもない経験をした彼女たちは、多方面からのプレッシャーにより、ワインスタインと所属する会社(ミラマックス)と示談を成立させます。この時にサインさせられるのが秘密保持契約 (Non-disclosure Agreement, NDA)です。

ミラマックスは被害者女性たちとの間に、慰謝料を払う変わりに秘密保持契約を結ばせます。これによって、今後一切自身が経験した性被害について、警察に相談はおろか、家族にも他言できず、さらには証拠となるようなものを全てミラマックスに受け渡さなければなりません。中には、同じ業界で就職する際には必ずミラマックスに報告しなければならないという内容までありました。

被害者女性たちは、親族にも被害を打ち明けられず、孤立していき、その傷を癒すことができません。示談に応じてしまったという事実があるので、今さら言っても信じてもらえない、示談したのだからと対応してもらえない、示談金をもらった時点で同意があったと思われてしまうのでは、と更に告発が難しくなります。

本来ならば社内の機密情報を守るためのツールが、ワインスタインの悪事を20年以上隠すための道具として使われたのです。作品内では特にこの点を強調し、批判に繋げています。

アライシップ

ワインスタインとの電話に対応するディーン・バケット

魅力的な女性キャラクターが多く登場する本作ですが、それに劣らない存在感を出しているのがアンドレ・ブラウアー演じるNYTの編集長、ディーン・バケット。

“I felt that the Dean of the script was very much a father figure, a mentor, a friend, a guide through treacherous borders, and that’s what I tried to play."

「脚本の中のディーンは、父親のような存在で、指導者であり、友人であり、危険な境界線を導く存在で、それを演じ切ろうと努力しました。」

アンドレ・ブラウアー、THRへのインタビューにて。

ディーンの中に、私は理想的なアライを見ました。

彼は決してミーガンやジョディの取材を変わりにやろうとしたり、手柄を横取りしようとはしません。あくまで主導権は彼女たちにあり、彼は場面場面で必要に応じて動きます。ミーガンやジョディから相談や質問をされてからやっと自分の見解を話し、それも説教ではなく、淡々と答える。

しかし、編集長として必要な指示出しはするし、彼女たちを守ります。ワインスタイン本人が電話で悪態をつくと、さっと電話を変わり、「弁護士一人一人をよこすのではなく、君たちの社内でコンセンサスが取れてから連絡しろ」とがちゃんと電話を切るシーンがあります。

サラッとワインスタインからの電話上でのハラスメントを、彼が防御し、彼女たちを守ったシーンはさりげなくとも、NYTのチームのバランスをよく表していました。

アライのあるべき姿を彼から学ぶことができます。

シスターフッド

この映画のウマミはなんといってもシスターフッドです。
同じプロジェクトに、共通のゴールを持って動くミーガンとジョディのシスターフッドはもちろんの事、被害者女性たちとのシスターフッド、そして上司であるレベッカ・コルベット(パトリシア・クラークソン)も注目です。

中でも記者二人とレベッカの関係性が見ていて心地よく、先輩女性として彼女たちを導く姿に、受け継がれる優しさを感じました。

ジョディとミーガンにとって、ロールモデル的な存在であるレベッカ。
若い女性が自信をつけていくために、ロールモデルは必要だなと改めて感じました。私も年齢を重ねるにつれて、下の世代にとってレベッカのような存在でありたいと思います。

廊下を歩くレベッカ、ミーガン、ジョディ

終わりに

映画『シー・セッド』
ワインスタイン事件が公になっていく様子、そして#MeToo運動が育まれている様子をリアルタイムで見ていたので、その裏で何があったのかを知り、改めてどれだけ大きな事を彼女たちが成し遂げたのかを実感させられました。

今を生きる身として、結末がどうなるかはわかっているはずなのに、終盤には手に汗を握る自分がいました。

その後、ハーヴィー・ワインスタインは米国で実刑判決が決定しており、今後イギリスなどでも裁判が待っています。

ミーガンとジョディ率いるNYTのチームは2018年にピューリッツァー賞を受賞しました。

女性たちの勇気が、映画業界のみならず、ワークプレイスの安全性の担保に大きな影響をもたらしました。具体的には、映画俳優組合が組員の安全を守るべく、セクシャル・ハラスメントに対する新しいポリシーを作成することに。

#MeToo運動を受けて、世界中で新法が立ち上げられ、女性をセクシャルハラスメント・性加害から守るための法整備が更新されました。

今まで黙らされていた女性たちにマイクが渡され、世界中の女性のエンパワメントにもつながりました。

以下、実際にことの発端となったNYTの記事を貼りますので、是非読んでみてください。
→実際のNYTの記事

彼女たちの努力の上に立たされている事に感謝です。

ジョディ・カンター(左)とミーガン・トゥーイー(右)

今回もあんなのnoteをお読みいただきありがとうございました。
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また次回お会いしましょう。

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