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ちどり流茶道のススメ

もう二十年近く前のことだが、出雲で過ごした学生時代に私は、裏千家茶道に入門した。
宍道湖を挟んでお隣の松江は、京都、金沢にならぶ日本三大お茶処だ。その松江藩主・松平不昧公は大名茶人として知られ、不昧流という武士風の流派を大成させている。そのためこの水の都・松江には、若草をはじめとする見た目も美しいお菓子が多く、彩雲堂や三英堂、風流堂などの有名和菓子屋が市内のあちこちにあった。
余談だが、私のペンネームは故郷の瀬戸内海と実家の地名からとっているが、松江城は別名・千鳥城とも呼ばれている事から、山陰の地に少なからずご縁を感じたものだ。

私のお師匠は情が深く凛とした女性で「生まれは猫年、ちっとも年を重ねる事がないのよ」とお茶目な一方、誰にも媚びることのない生き方は私の憧れだった。お点前のこと以外でも、着物の着付けから手紙の書き方、紅茶やシュークリームのいただき方まで、母のように厳しくご指導いただいた。

お稽古では、真理や教訓が詰まっている禅語に触れるのはとても刺激的であり、襖を開ける刹那にすっと気が引き締まる感じや、釜に水を差した時のシュッという音など茶室という非日常が好きだった。

初釜の茶会では百人一首大会、そして毎年大好評のクリスマス会では麻雀大会(お師匠によれば、いっぱしの医者になるには麻雀を通して周囲に目を配る力を養う必要があるとのこと)など、門下生同士の交流も楽しみであった。

社会人になりすっかり茶道とも縁のない生活を送っていたが、ママ友から親子でお茶のお稽古をつけてくださる教室を教えてもらい、一年ほど前から通うようになった。
当時未就学の長男、次男は「美味しいお菓子が食べられるよ」の言葉に釣られながらも、持ち前の飲み込みの早さで帛紗捌き、茶筅通しなどの割り稽古を淡々とこなしていった。
侘び寂びをはじめとした禅の思想や美意識、まさに日本文化を凝縮した茶道を嗜むことで、将来海外に出た時に強みになれば、、、という私の淡い野望は、滑り出しは好調かに見えた。

しかし、ほどなくしてわんぱく盛りの三男坊もお稽古に行きたいと主張しだした。この三男、齢四つにして、まあ頑固で言い出したらきかない性格。偉大な兄二人とお転婆な末娘の間で日々揉まれ続けているから無理もないのだが。くれぐれもお稽古の間はじっとしてるんだよと約束して連れて行くことになった。
案の定、きちんと参加できたのは最初のお菓子作りくらいで、お茶室に入ってからは、お茶はこぼすわ、扇子は壊すわ、せっかくの着物も腹からはだけ、茶室と水屋をパタパタ動き回り、とてもお稽古どころではなかった。
もう少し落ち着いた年齢になってから出直しますと先生にお詫びしたのだが、「お茶を楽しむ時間なので、難しく考えないでくださいね」という優しいお言葉に甘えて通い続けることにした。

その頃、裏千家淡交会主催のオンライン茶会なるものを見つけた。「世界五大陸をつなぐ英語でおもてなし茶会」と銘打ってある。グローバル化は茶道界隈でも着々と進んでいるんだなぁ、と感心しながらパソコンの画面を開いた。ハワイ出身で来日され海外への茶の湯普及に尽力されているブルース濱名宗整氏による進行で、アジアは京都を皮切りに、オセアニア、アフリカ、ヨーロッパ、南北アメリカと、五大陸の都市での茶会が生中継されていった。中でも印象的だったのは、エジプトのカイロでのお点前だ。かの有名なギザの三大ピラミッドとスフィンクスを贅沢に借景にし、土壁の建物の屋上に茶室を設け、ラクダがゆったりと歩くのを間近に眺めながらの一服。お菓子はエジプト名産の小麦とココナッツの焼き菓子、お花はバラといった異文化の取り合わせに度肝を抜かれた。
ブラジルのサンパウロでの洞窟のような家も異国情緒たっぷりだった。まるで隠れ家レストランのような仄暗い部屋に小上がりがあって、亭主も客もリラックスした様子でお茶を点てていた。
日本の様式をそのまま再現するのではなく、土地柄や趣向に沿った道具選びのおもてなしがとても楽しい茶会であった。

我々の親子教室も新型コロナの感染拡大により一時期、ビデオ通話を利用したオンラインレッスンになった。自宅にあるものを茶道具に見立ててお点前してみましょう、と先生に提案いただき、小さめの丼ぶりやポットなどそれらしくみえる器を揃えて臨んだ。すると自宅という安心感からか、わんぱく三男坊ものびのびとお茶を点てているではないか。お茶は甘味のついたインスタントのお抹茶粉に、邪道だが少し牛乳を追加すると、子どもたち皆おかわりするほど好評であった。

そうだ、まずは楽しむ事が一番だ。礼儀正しくきちんとした作法をと焦ったあまり、ちょっぴり真面目に考えすぎていた。
心を豊かな気持ちにしてくれるこの文化を、これからも「ちどり流」に長く楽しく続けていけたらと思う。

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