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Photo by roughbudgetmate

私は飛田の夜の蝶

橋本なずな｜書籍「10歳で私は穢された」発売中📖

起業家という道を経て、今は二作目の出版を目指して執筆活動に明け暮れる橋本なずなです。

遡ること1ヶ月前 ———

2024年1月17日、唯一の家族である母がくも膜下出血で倒れました。帰らぬ人になると知るのは、それから5日後のことです。

母は、病院に運ばれた後、様々な検査に回されていました。
私は家族控室の中で待ちつつ、今後について茫然ながら頭をフル回転。

今思えば、極端な考えもあったかもしれません。

けれど、この時は分からなかったのです。
母の検査が、入院が、手術が、その後のことが、どの程度の期間を要して、どれくらいのお金が掛かるのか。
くも膜下出血という病気が一体どんなものなのか。母の命は助かるのか。

周りに病気を患っている人も居なかったから、私には見当も付けられませんでした。

それでも、ただ一つだけ、明白だったことは「 大きなお金が必要になる 」ということ。

今なら “くも膜下出血はそういう話じゃない” と分かるけれど、
例えば「 母の容体が特殊で、日本の医療では治療ができないけれど海外でなら助かる術がある 」とか。
万一、そんな事態になれば、お金さえあれば何とかなるのではないかと思いました。

それほどスケールは大きくなくとも、母の元気が戻るならば、どんなに高額な治療でも施して欲しい。

そこで私は、あることを決心しました。


【 飛田新地 嬢 求人 】

腹は案外、スッと括れました。

私の身体なんて勿体ぶるモノでもないと思いましたし、寧ろ私が身体を売ることで母の命が助かるならば、安いものです。

もっと言えば、母は今も、苦しみの中で藻掻いているのに、私がここで全力を出さなければ、私は私を一生許せないでしょう。

だから脱ぐ。
好きでもない、汚い男の身体に舌を這わせて、脚を開いて受け入れる。
できる。私にならできる。母の為にならできる。
所詮一時的なものだから。必要なお金を稼いだらすぐに辞めるから。


身体を売る、という一線。
どうせ越えるなら “ネタ” にならなきゃ面白くありません。

やるからには “書けなきゃ” 意味がありません。

飛田を選んだのは、大阪随一の遊郭であり、歴史と組合があるから。
風俗で働くだけでは何のネタにもならないけれど、誰もが知っている遊郭であれば、その後も汎用性があると思いました。

それに、よく分からない経営元で働くよりも、組合により一律で仕切られているほうが安全性も高いのではないかと考えたのです。
（ ※飛田をはじめ、松島・今里などの “新地” は、各地にある組合が全料亭を取り仕切っています ）

母の検査が終わるのを待つ間に、私は幾つかの求人に応募をしました。
辞めたら絶対に “身売り” をテーマに、本を一冊書いてやると心に決めて。


飛田での体験入店を前日に控えた、1月21日の日曜日。
昼に母の心臓が一度止まり、医師から余命数日を宣告されました。

面接時、店のママには母の為に医療費が必要なこと、容体が急変する可能性があることを事前に伝えていました。
そのため、急遽予定を変更してしまうことがあるかもしれない、とも。

私は、母が眠る側で、店のママにメッセージを送りました。

< 母の余命が宣告されました。最後まで付き添っていたいので、体験入店は一先ず保留にさせてください。>


その二日後、1月23日に母の一生は幕を閉じました。

色々な思いが湧き起こる中で、私は母に守られたんだな、と感じました。

体験入店の前日に心臓が止まるなんて。
『 身体は売るな 』って、『 そんなことしなくていい 』って、言われているような気がしました。

でもね、お母さん。私は守ってなんて欲しくなかった。
守らせて欲しかったんだよ。身体を売ってでも、あなたのことを。

生きてさえ、生きてさえいれば。
不幸であろうと、あなたの側に居られたのに。

最期まで “母親” で、私に迷惑を掛けちゃいけないとか思ったんでしょう？

「 まだ、守らせて欲しかった… 」

私は床に膝を付いて、泣き崩れました。


私にとって自身のセクシュアリティは、生かしも殺しもされる諸刃の剣。
私の “色気” は、男の目を奪う魅力でもあり、幼少にできた消えないヤケド跡でもあります。

母の為だから括れた腹は、使い道が無くなりました。
結局私は身体を売ることは免れて、この先も、その一線を越える日は来ないでしょう。

母以上に守りたいと思う人なんて、もう、いないのだから。

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