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日本の多様性とアメリカの多様性の違い

数年前から買っているストッキング。破れない、で有名なこのブランド。高いけれど買ってお得です。

昨日のメールにこれ。このストッキングのブランドで男性がモデルになっているのを見たのは初めてです。

日本に行く度に思うのですが、「多様性、日本も頑張ってるな」と。
が、総理が「社会が変わる」云々など言うと、国からしてやっぱり多様性はそこまで本気ではないのかも?どちらなのでしょう。

日本では男性をこのようにパンストのCMに出すか?大きな女性をモデルにするか。人種が豊富であるのをウエルカムするのか嫌がるのか。

アメリカは嫌でも多様性を「しなくては」いけない国です。なぜなら、日常的に周りにいる人が違って普通だからです。同じである事は面白くない。自分を主張したい。人種も文化も言葉も宗教も肌の色も家から出ると、テレビを見ると「違う」が普通なのです。

必ずしもうまくいっているとは言えません。また、やらざるをえない多様性もどうなのでしょう。そう考えると日本も多様性を「やらされている」と言う感じがします。世界についていくには。世界に認められるには。日本独特の文化は風習や考え方があるのも普通。だからと言って「外」のものを嫌がるのはもう言ってはいけない、思ってはいけない事なのです。それが本当の多様性。

色んな人がいる。だから社会も変わる。
ちなみに、総理、社会が変わらなかったら大変な事になりますよ。今日の私たちが存在するのも社会は変わっているからでしょう。じゃなければ、日本はまだ鎖国制度をそのまま続けていたと考えても良いのではないでしょうか。

人種、体の大きさ、ジェンダー、皮膚の色、年齢。
何もかもが日常生活に現れるのが多様性ではないでしょうか。

今日の独り言でした。

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