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目に見えない変化を信じて

年商●億円、月収●万円、体重●kg、ベンチプレス●kg…
世の中数字で計れることはたくさんあるし、数値で計測可能な目標を立てなさいなどともよくいわれる。

でも数字は目的にはならないのだ。

5kg減量したいという人は、本当は5kgやせてスリムな見た目になることが目的だろう。
目標月収に到達したとしても、睡眠は1日3時間、休みなし、お金を使う時間もなく、体もボロボロだったら、幸せといえるのだろうか。
それは本当に自分の在りたい姿だろうか。

数字はあくまで目安であって、数字しかみえなくなると目的地を見失う。

でも、数字はわかりやすく目に見える。
だから数字を追ってしまいがちになる。

∽∽∽

植物を育てたことがある人はよくわかると思うけれど、種をまいて芽が出るまでには一定の時間がかかる。
芽が出てからも、茎が伸びて葉が出るまでにはまた時間がかかる。
つぼみが出てきて、花が咲くまでにも時間がかかる。

芽が出ていないから、葉が出ていないから、つぼみが出ていないから、花が咲いていないから、成長していないか?といえば、答えはNOである。

まだ芽が出てこなくても、土のなかではみえない成長を遂げている。
昨日と今日ではなんの変化もしていないようにみえても、コンマ数mmの世界では毎日なにかしら成長しているはずなのだ。

「ぱっと花が咲く」というが、その「ぱっ」に至るまでには、人間の目にはみえない小さな小さな変化・成長が昼夜続いているわけで、それがあるとき臨界点に達して「ぱっ」と咲くのだ。
「ぱっ」という擬態語からはなんともライトな印象を受けるが、軽々しく「ぱっ」なんて表現するのはおこがましいぐらいである。

こうした植物の成長を、まあ研究者だとか夏休みの観察日記であれば、背の高さを測ったり葉の大きさを測ったりするのだろうけれど、そうでもなければ数字で測ろうとは思わないだろう。

どんなにすくすく背が高くなったとしても、花が咲かなかったら、実がならなかったら、残念な気持ちになるのではないか。
だとしたら、やっぱり数字なんて目安でしかないじゃないか。

∽∽∽

自分ではがんばっていると思っていても、数字や目に見える成果が出ていなければ、人からは評価されないことも世の中にはたくさんある。

数字さえあげればよいのなら、チートやインチキすればいい。
ただ体重を落とせればよいのなら、サウナに入って体内の水分をとばせば1~2kgすぐ落ちる(危険なのでやってはいけないが)。
ブログを100記事書ければよいのなら、コピペすれば数日で100本に到達する。

でも、そうじゃないだろう。
数字の先にある、目的を達成したいのだろう、わたしたちは。

だからチートもインチキもせず、植物のように変化成長がなかなか目にみえなくても、誰にも評価されなくても、ひたむきにがんばれるのだ。

数字を追うだけが努力じゃない。
数字に表れていないから成長していないわけではない。

目に見えない変化を信じて。



今日も読んでくれてありがとうございます。
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