紹介したお店の裏話: 「ティンタレッラ」(柏)

日々の行動は、自然と自分の興味を持つものに結びつく。行動とは様々な場所で見聞きした経験も伴う。
芸術にどっぷりの人は美術館やコンサートに足を運ぶし、ファッショニスタはブランド主催のイベントや買い物へ。そして私は食べることが大好き…いや、本当に「愛してる」。

ある時ナポリピッツァの巨匠が来日するので、彼を囲む会のような集まりに呼んでもらった。参加したところ、皆の前でデモも行ってくれるという。鮮やかな手つきを興味深く覗き込んでいると、独り言が聞こえてきた…少しして、それが私に投げかけられている言葉だと気付く。「すみません」「ごめんなさい」。当時はコロナ禍なんてまだ存在していなかったけれど、充分距離を取って立っている大きな男性が私に謝っていた。お名前は秀雄さんといった。


イベントの趣旨から、そこにはナポリピッツァ職人達が多く顔を出しており、秀雄さんもそうだとわかった。邪魔にならないようにと首を縮こまらせて背中を曲げている様子を見て、「大丈夫です」と伝えつつ、お店はどちらなのか伺った。柏のピッツェリア・ティンタレッラです、との答え。

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そのイベントは三軒茶屋のナポリピッツァ専門店で開催されていたのだけれど、そこで聞いたカシワという地名。「千葉のですよね?」と、思わず確認した。多分ほとんどの人にとって、都内じゃないのは遠い場所。でも例えば、食を求めてイタリアへ観光客が押し寄せる事実だってある。それなら成田空港よりずっと近い柏でおいしいピッツァが食べられるなら、試してみない手はないのでは? むしろ、おいしい物のためならどこへでも足を延ばしたい。

早速というわけには行かなかったが、秋と呼ぶにはまだ夏の匂いが色濃く残った9月の夜。いよいよティンタレッラを訪ねてみた。
正直、「柏までナポリピッツァを食べに行く」というアイディアが先走ったのは確か。あと「本当に行きますよ!」と秀雄さんに伝えて面食らわせたかった気持ちもある。

ところが、いざお店に着いて前菜を目にした瞬間、そして一口目で面食らったのはこっちだった。稚拙な表現だけれど、あれ…ここはイタリア!?と心も舌も驚いた。ついに食べることができたピッツァも完璧を超えて衝撃的で、一週間後も忘れられない自分が容易に想像できた。同行した友人にとってイタリアは未踏の地だったので、「現地にあっても、ものすごくおいしい。通うレベル」と伝えても、いまいちピンと来なかったかもしれない。

そんな時でも厨房で調理中の秀雄さんは、勝手にカメラを向けて写そうとする私に相変わらず「すみません…」と、またなぜか頭を下げていた。

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初回はそのおいしさにただただ圧倒されて終わってしまったが、次の機会は意外な形で訪れた。なんと3周年記念イベントを開催するという。一も二もなく伺わせていただいた。お店は超のつく満員。柏駅からも少し歩く静かな一角にあるピッツェリアは、異様な熱気で賑わっていた。秀雄さんの妻である里美さんがこれまた素晴らしくよい方で、この出会いも宝だなと嬉しくなった。

大テーブルには、ごちそうが所狭しと並ぶ。そこでは、ナポリピッツァ名人達を含む料理人が複数手伝っていた。ティンタレッラの悦ばしい節目にビッグネームが続々と集結している様子は、まさに秀雄さんの人柄が反映されていた。
会場には華々しいギフトの山、末席ながら私の花かごも置かせていただく。すると翌日、プレゼントの一つ一つの写真と共に贈り主にお礼の言葉が投稿されていた。これはすごい。①まず、全員で100人を超えたかもしれない参加者達がいた。②プレゼントは数えきれない程並んでいた。③とは言え、参加者全員が何か持ち込んだわけでは当然ない。④私のように、無記名のプレゼントも複数存在した…この4つだけで、上述のお礼投稿の難易度の高さは想像に難くない。それを可能にしたのは、目の回る忙しさの中「ありがとうございました!」と気持ちをしっかり込めて受け取ってくれた誠実さ。咄嗟に、太陽のように輝く里美さんが浮かんだ。後で伺うと、お礼の投稿を書いたのは「私です」と相変わらずの眩しい笑顔。まるでそれが当然かのように。こちらも、思わずつられてニッコリしてしまう。

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悪魔の数字「666」が付いたエプロンを付けてお店に立つ秀雄さん。こちらは、真のナポリピッツァ協会(Associazione Verace Pizza Napoletana)の認定番号。この協会は、伝統的なナポリピッツァを他のピザと差別化し次世代に正しく継承するために職人たちが自ら発足。厳格な審査をクリアして、正真正銘のナポリピッツァを提供していると認められたピッツェリアのみ加盟店として許可される。審査を通過できるだけの高度なスキルを求められるわけだが、協会の定めるナポリピッツァの条件とは:
1. 生地に使用する材料は小麦粉・水・酵母・塩の4つのみ
2. 生地は手だけを使って伸ばす
3. 窯の床面で直焼きする
4. 窯の燃料は薪または木屑とする
5. 仕上がりはふっくらとして「額縁」がある
6. 上に乗せる材料にもこだわる
実は上記に加え、7つ目の暗黙の取り決めがあるとか。
「情熱を持つこと、と教えてもらったんです」と、秀雄さん。なるほど、おいしいピッツァを作るぞ!というパッションか!と思ったら、少し違うという。「もちろんそれもあるんですけど…ナポリピッツァ作りを学ぶに当たって、これから数々の悩みや困難が必ずあるからと。その壁を何度も何度も乗り越えていかなきゃならない、そのためには情熱が必要だよって」。666は認定順に振られた番号とは言え、秀雄さんの焼くピッツァは寝ても覚めても食べたくなる。まさに悪魔的なそれを味わいながら、二度三度とその言葉を噛み締めた。

それにしても、驚くほどに勉強熱心。研究のため食べ歩き、例えば1週間のイタリア旅行で20㎏も増量してしまうという(ご本人談)。99%の努力が、すごい料理達の裏にある。最近この引用元のエジソンの発言の真意を色々なところで見聞きするが、もちろん閃きも持ち合わせていたからこそ、吸収した情報を燦然とアウトプットできているわけだ。

そして「奥」様とお呼びするのがはばかられるほどお店の経営に大貢献している、里美さん。ご夫婦の微笑ましくも劇的な思い出話も、いくつか伺うことができた。

発行誌でも書いたのだけれど、最初に秀雄さんにナポリピッツァを紹介したのは里美さん。
デートで、表参道の名店「ナプレ」に連れ出したそう。そこで衝撃を受けた秀雄さんは、ピッツァ職人の道を突き進むことに。

現在の成功に至るまでは、それこそ試行錯誤の連続だったそう。里美さんが買い物に行って店員さんとお喋りが弾んだ時に「お願いします」と自作のショップカードを手渡したエピソードには、ジーンとする。二人三脚とはこういうことなのかと感動していたら、別れの危機もあったと聞いて驚いた。イタリア修業に行ったきりの若き秀雄さんに業を煮やした里美さんは、何とイタリアまで押しかけて別れを告げたという。でも秀雄さんはその提案を拒んで里美さんに結婚を申し込む。当時はメッセージアプリや付随する無料通話はもちろんのこと、メールさえそこまで普及していなかった。そんな時代だったからこその、どんでん返しのハッピーエンド。

秀雄さんが鎌ヶ谷出身、里美さんは野田出身。中間地点で街の規模も大きい柏を出店地に選んだのかと思ったら、事実は小説よりロマンティックだった。二人が「ティンタレッラ」を構えるのは、初めて合鍵を作ったお店がもともとあった場所。やがて鍵屋さんはなくなり、再び貸し店舗となっていたのを見て「ここだ!」と決めたとか。

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店名の候補はそれこそたくさんあった。
懇意にされているイタリア家庭料理の先生が「ティンタレッラ」をご提案。ご出席されたナポリでの結婚式にて「Tintarella di Luna(ティンタレッラ・ディ・ルナ、邦題: 月影のナポリ)」という曲に合わせてご主人や親しい友人達と歌い踊り、幸せな時間を過ごされた思い出に由来する。秀雄さんはそのお話を受け、訪れる人々が同じように幸せになってもらえたらという願いを強く込めて「Pizzeria Tintarella」に決定。
柏の中心地から少し外れた静かな一角にあるこのピッツェリアに、今ではたくさんのお客さんが訪れる。忙しい日などは7~8組が行列をなす夜もあり、秀雄さんはせっせとピッツァを焼き続ける。そして皆が漏れなく笑顔になっている。月影のナポリが流れる結婚式に勝るとも劣らない幸せをしっかりと提供できているのではないだろうか。

Pizzeria Tintarella
ピッツェリア ティンタレッラ
千葉県柏市柏6-8-40
JR常磐線 柏駅より徒歩約8分
ランチ
水曜〜金曜11:30〜14:00
土曜、日曜11:30〜15:00
ディナー
火曜〜金曜18:00〜22:00
土曜〜日曜17:30〜22:00
*日曜のみ21:00閉店
(L.O.は各々30分前)
月曜定休・火曜はランチ提供なし
テーブルチャージ: お一人様150円(赤ちゃん含む)。テラス席、平日ランチにはテーブルチャージはかかりません。
*営業時間等については電話確認を: 04-7164-0039











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