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双極性障害の女2〜全てを失いかけた40代〜

引き続きご購読いただきありがとうございます。続きまして、自分がどのような生まれで成長してきたのかを高校卒業まで記したいと思います。

《生まれ》

・ごく普通の生まれ、他の人と何も変わらない

私はごくごく普通の両親の元で生まれた。多少予定日より遅れたが2900gだった。両親はどうやらタバコを吸っていたらしいので少し小さく生まれたかもしれない。雪国に生まれ、雪国育ち。自殺率No. 1の県でよく生き抜いて来たと思う。ここの県は春から秋にかけては日照量がたっぷりなのだが、冬になると極端に日照量が少なくなる。毎日曇天模様で雪が降り積り、たまにロマンチックになるが毎日の雪かきに追われる生活は東京の人には理解し難いものだろう。この降雪のために雪国の人の朝は早い。おそらく東京の人より2時間は早起きしていると思う。上京してきた時、こんなに毎日冬が晴れているなんてと感動したものだ。

共働きだった両親の代わりに祖母がよく家に来て面倒を見てくれた。両親は愛し合っていたようだが、それゆえ嫉妬などで喧嘩が多かった。そして飲酒量は両親共にかなり多かった。私は両親はアルコール中毒と思っていた。週1のゴミの日に70ℓの透明ゴミ袋に大量のビール缶(500mℓ)が踊るのだ。以前、遺伝子検査をしたがどうやら「酒豪」と言われるほどの肝臓解毒力(アルコール分解能力)を持つらしい。間違いなく遺伝だと思う。ちなみに私は現在、一切お酒を飲まない。服薬第一だからだ。以前はワインを嗜んでいたが、年に1〜2回ほんの少しいただくくらいだ。両親は不思議なもので、仕事に影響する時間までは深酒はしない。きっちり仕事の時間までに起きていた。また、健康診断となれば1週間近くは禁酒をするのだ。手が震えなかっただけ、まだマシなのかもしれない。

双極性障害が遺伝病かどうか、研究が進められているようだが、今のところ回答はどちらともつかない。一部の遺伝子が関係している「ようだ」が環境などの要因で発症する「ようだ」までしかわからないのだ。しかし、うちの両親の話で言えば、母が双極性障害に近かったかもしれない。これが性格なのか、時代なのか、病気なのかは、私には判断がつかないのだが、私は母と似たような人生を歩んでいる。

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双極性障害の女2〜全てを失いかけた40代〜

星野まり子

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星野まり子

どうかサポートよろしくお願いします。サポートしていただいた費用は、現在日本で双極性障害で悩んでいる方々をサポートされている協会に募金させて戴きます。つらいことも多い障害ですが、理解者が一人増えるだけで自死する人は減っていきます。死んでいい人なんていません。理解だけでも感謝です。

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全てを失いかけた40代女性。