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【連載小説】トリプルムーン 26/39

赤い月、青い月、緑の月
それぞれの月が浮かぶ異なる世界を、
真っ直ぐな足取りで彷徨い続けている。

世界の仕組みを何も知らない無垢な俺は、
真実を知る彼女の気持ちに、
少しでも辿り着くことが出来るのだろうか?

青春文学パラレルストーリー「トリプルムーン」全39話
1話~31話・・・無料
32話~39話・・・各話100円
マガジン・・・(32話掲載以降:600円) 

※第1話はこちら※


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***第26話***

 昨日の夜に降っていた雨は、朝にはもうすっかり上がっていた。晴れ間が広がる朝の青空には、消え残った雨雲がぽつりぽつりと浮かんでいる。
 朝一番の涼やかで新鮮な空気は、雨の匂いを含んだおしとやかな風となって、何もない六畳一間の俺のアパートに静かに流れ込んできた。

 昨夜は雨で見えなかった月は、朝の太陽と役目を交代するためにしずしずと西の空に沈んでいこうとしていた。月の輝きはほとんど色褪せている。
 薄いライムグリーン色を浮かべたナチュラルメイクの月の表情は、少し疲れをのぞかせながらおやすみと言っているようだった。


 窓の外ではすずめ達がちゅんちゅんと賑やかに騒ぎ立てていた。昨夜の雨や朝露で濡れた電線の上で、横一列に並びながら互いの顔を見やったりして、競うようにして大きな声で鳴いている。
 すずめ達は人の家の前で井戸端会議をし、最近の出来事や今日の予定なんかを報告し合うのが朝の日課なのかもしれない。


「どうせならバースデーソングを歌ってくれてもいいんだけどな。」


 目覚まし時計のアラームより早く起こされた俺は、恨み節を込めた社交的な挨拶をすずめ達に投げかけた。すずめ達はそんな生意気な俺を無視しながら、なおも井戸端会議に花を咲かせて盛り上がっている。


「三十歳になったからって、途端に大人になれるわけでもないか。すずめにすらまともに相手にしてもらえないようじゃ、一人前の大人になる道のりはまだまだ遠そうだな。」


 俺はそう言いながらもぞもぞと布団から這い出し、人生の節目となる記念日を祝おうと、いつも通り薄っぺらいトーストと薄っぺらい味のコーヒーの準備を始めた。

 普段と何も変わらない、昨日と同じいつも通りの朝。じつはこういう何気ない一日こそ、とても幸せで有難いことなのかもしれない。
 俺は変わらぬ朝を迎えた小さな喜びを噛みしめながら、いつも通りの簡単な朝食を用意した。トーストとコーヒーとサラダをテーブルに並べ、いつもと同じようにそれを食べようとした時、俺はふと部屋の中がいつもと少し違う事に気が付いた。


「あれ、お前、いつの間に花咲かせたんだ、今日か?昨日か?今朝、だよな?そうだよな?」


 窓辺に置いていたサボテンとは何年来の長い付き合いだが、そのサボテンが初めての花を咲かせていることに気が付いた。


「しかも黄色って、それじゃ完全にきゅうりと間違えられるじゃねえか。本当、よくやったなあお前、おめでとう。」


 俺は黄色い花を咲かせたサボテンに労いの言葉をかけてやると、おめでとうはお前だよ、と言わんばかりにサボテンはひらひらと小さな花弁を揺らして返事をした。俺はめでたい朝にほっこりとした気分になると、上機嫌で薄っぺらいトーストに齧りつきはじめた。


「人生もそれなりの時間を生きていると、ひとつくらい良いことがあるもんだな。」


 感慨深い気持ちに浸りながらコーヒーを飲み、俺はいつもとは少しだけ違ういつも通りの朝を過ごした。



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