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【連載小説】トリプルムーン 19/39

赤い月、青い月、緑の月
それぞれの月が浮かぶ異なる世界を、
真っ直ぐな足取りで彷徨い続けている。

世界の仕組みを何も知らない無垢な俺は、
真実を知る彼女の気持ちに、
少しでも辿り着くことが出来るのだろうか?

青春文学パラレルストーリー「トリプルムーン」全39話
1話~31話・・・無料
32話~39話・・・各話100円
マガジン・・・(32話掲載以降:600円) 

※第1話はこちら※


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***第19話***

 街外れの公園に辿り着くと、その入り口にはちょっとした人だかりが出来ていた。こんな何もない公園でどうしたんだろう。
 そう思って人だかりの奥を覗き込むと、そこには赤いポストの上に座り込む一匹の黒猫がいた。

 黒猫はどんなに人が近づいて来て、声を掛けられようが、カメラを向けられようが微動だにせず、黙って一点を見つめたままポストの上にじっと佇んでいた。
 人々は面白がって写真を撮ったり動画を撮ったりしながら、頑迷な猫の沈黙に一喜一憂しているようだった。


「なんだ猫か、しかもただ黙って座っているだけの猫に、そこまで盛り上がって猫の邪魔しなくてもいいだろうに。」


 そう呟くと、黒猫は俺の存在に気付いたのか、今まで黙って目の前の一点を見つめていたはずが、キッと眼を見開いて俺の声がする方向へ顔を向けた。
 周囲の人間が、動いた、と驚きざわめいていると、黒猫は今まで固執していたポストからひょいと飛び降りて、真っ直ぐ俺のほうへ向かって走り出した。


「な、なんだ急に、お、俺に向かって来てるのか?こいつ。」


 聴衆が呆気にとられる中、黒猫は一気に俺のもとへと駆け寄り、勢い余って俺の足にぶつかりながら、小さな頭をゴシゴシとこすりつけてきた。


「な、なんだよお前、お前と俺、初対面だよな?なんで急に俺に懐いてくるんだよ。」


 周囲の人間にはまるで俺が黒猫の飼い主のように映ったのだろう。黒猫は健気に主人の帰りをポストの上で待ち続け、そしてようやく迎えに来てくれた主人を見つけて一目散に駈け出していったんだな、と勝手な解釈をつけて見とれているようだった。
 中にはその一部始終を動画に収めているらしき人間もいた。


「お、おい、なんだか知らないけど、みんな見てるからやめろよ、なんか誤解されてるうえに、勝手に撮られてるじゃないか、おい。」


 まるで、迷子の子供を送ってあげようとして誘拐犯と勘違いされてしまったような、バツの悪い冷や汗が流れてきた。俺はひとまずその場を離れようと、黒猫を抱きかかえて公園の奥へと足早に駆けて行った。

 緑が多くてきれいなこの公園は、奥まで行けば人影もまばらで静かな空気が流れ、街中の喧騒からはうまいこと逃れることが出来る。
 俺は周りに誰もいなくなったことを確認し、抱きかかえていた黒猫をようやく手放すことが出来た。


「ほれ、ここならもう大丈夫だろう。と言っても何が大丈夫かはよく分からないが、まったく人騒がせな奴だぜ。」


 そう言って、俺の腕にしっかりとしがみついた黒猫を放してやると、黒猫は礼を言うように、みゃあ、みゃあ、とお辞儀をする素振りをしながら二言ばかり鳴いた。


「礼を言ってもらえるのは嬉しいけど、いきなり何なんだよお前は。いくら俺が人が良さそうに見えるからって、初対面の人間に図々しいことするんじゃないぜ。」


 自分のことを人が良さそうに見えると思った事はないが、脳味噌の小さな猫に説教をするのだから、それくらいオーバーなことを言ってもバチは当たるまい。
 猫の額とは小さいことの代名詞なのだから、言うべきことはしっかりと言っておかなければ。

 俺はその場でもう少し黒猫に小言を言ってやろうとしたが、いい歳した大人が動物相手にそんなにムキになるのも格好悪いかなと思い、喉元まで出かかった小言をごくりと呑み込んだ。

 俺はもう三十歳になった一端の大人の男なのだ。発言と行動にはしっかりと責任を持てるようにしなければならない。たとえそれが公園の野良猫が相手だったとしても。

 そんな風に俺が一人でささやかな溜飲を下げていると、黒猫は俺を置いて一人ですたすたと公園の中を歩き始めていた。


「いやいや、おい、お前、まだ話は終わってないだろう。」


 そんな言葉を黒猫の背中に投げかけるも、なんだか相手のペースに飲まれていくばかりで俺は余計に格好悪くなるばかりだった。
 その場に置いて行かれるのもしゃくだったので、しょうがないなと呟きながら、俺は黒猫の後をついて行くことにした。


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